潮流や風の影響を受けやすい小型船舶は、この3つの瀬を、潮止まりの時間に通過しなければならない。
 もしも途中で潮が動き出したとしても、追い潮では駄目だ。
 狭く流れの強い水域を、追い潮に乗って進むのは危険行為なのである。
 これは、飛行機が絶対に追い風でランディングをしないことと同じ理由である。

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 潮の計算をしていくと、1つ目の瀬のユカルタラピッズ、2つ目の瀬のジェラードパッセージは、潮止まりの時間内に通過できそうだった。
 が、3つ目のデンツラピッズが間に合わないことが分かった。
 間に合わないのならば、せめてその時間は、追い潮ではなく、向かい潮で通過したい。
 これは、そのほうがコントロールが利きやすくなるためだ。
 計算をして、割り出した潮止まりの時間は、翌朝の9時30分。
 その作業を済ますと、まるで数学の宿題を終えたように疲れ果ててしまった。

 次の日、その時間に合わせての早朝の出航となった。
 難所であるユカルタラピッズにさしかかると、トランジットと呼ばれる航行標識が、左右の高さを変えて2つ設置されてあった。
 これは、船を進めて行くうちに、左右2つの標識が目視で縦に一直線に並ぶ瞬間がある。
 その瞬間に船の向きを転進すれば、水路のなかでも、特に安全な所を通行することができる仕組みだ。
 カナダという国はとても親切な国で、こういった気配りが多い。

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 3つの難所を安全に抜けると、イースト・クラークロフト島のラグーンコーブに停泊する。
 そこには、苔生した森の中にトレイルがあって、私たちは早速歩きに行くことにした。
 船旅で困るのは、運動不足である。
 狭い船内生活では、1日の歩数が極端に少なくなるのだ。
 ルカのリードを外して自由にすると、喜んで駆け回った。
 20分ほど森の中を歩き、木々の間から島の反対側の沿岸部がちらちらと見えてきた。
 すると突然、先頭を歩いていたクルーの1人が、ピタリと足を止めた。
 まるで石のように固まっている。
「どうしたの?」私は声をかけた。
「く、く、く……、熊……」
「え?」と、そのトレイルの先に目を凝らした。
 すると、茂みの隙間から、なんとも毛並みがいい、良く太った、若く逞しい黒熊が、こちらを見ているではないか。

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「待って、動いちゃ駄目……」
 私はそっと囁くように言った。
 後に続く人たちも静かに足を止めた。ところが、ルカがいない。
 もしも、ルカが熊の存在に気付けば、間違いなく飛び掛かってしまうだろう。 
 たぶん熊の平手打ちを喰らい、キャイーンと一発で吹っ飛んでしまうだろうに、小さい犬ながら、ルカは、そういう犬なのである。

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