Finale 故郷を持たない鮭たち
現在は、伐採が行われていないようで、簡易的に建てられてある作業小屋には、人工物が乱雑に放置されて朽ちていた。
熊がうろついたような跡は、まったくなかった。
しばらく歩くと、道は藪に覆われてきて、草木を掻き分けながら歩いて行くと、湖に出た。
周囲は一見、美しい景観だけれど、対岸は虫に食われたように所々、地肌をむき出しにして、伐採跡が無惨に残されている。
異様なほどに静かで、鳥のさえずりさえも聞こえてこなかった。
カナダ、ブリティッシュ・コロンビア(B.C.)州の森で伐採された木々の多くは、日本へ輸出されているという。私は日本人として、胸が苦しくなった。
この伐採跡地は、まるで暴れ回る怪獣でも通ったかのように木の枝が散乱していて、見るからに野生動物が生きていけるような環境ではなかった。
もしかすると、この虫食いのように穴だらけになった森を追われた熊たちが、伐採を免れている森に追い込まれた結果、ツアー客たちが容易に鑑賞できるようになったのではないだろうか?
そう思ってしまうほど、私はこの光景にひどく胸を痛めた。
もしもそうだとすると、最初に見つけた大きく立派な糞は、ある意味、伐採にも負けずにこの周辺に生きている『希望を示す糞』なのかもしれない。
私は逸る思いで、カメラに熊の姿が映っていることを願った。
しかしながら、やはり二日間という期間は短過ぎた。
カメラには、風が木の葉を揺らすだけで、何も変わらない映像が延々と記録されているだけだった。
私はカメラを手に持ったまま立ち尽くすと、こう思った。
伐採はこの周辺だけではなく、様々な場所で行われている。その現実を知ると、現在のスピリット・ベアは、激しく進む伐採の森でひっそりと生きるか、ツアー客の見世物になるか……、その二つしかなくなるのかもしれない……と、私は溜息をついた。
それはなんだか「森の精霊」と呼ばれた熊たちの悲しい現実を目にしたようで、私はなんとも言えない悲壮感を覚えながら、この地にサヨナラを言った。