Episode8 クレムツ村のジョージの悲しい現実

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 ジョージが鍵を開けてくれて、ビッグハウスの中に入って行くと、まるで荘厳な教会の中に入った時のように、静寂で神聖な空気に包まれた。
 集会をする広い空間の奥に、まるで祭壇のような大きな彫刻が飾られていて、その足元には、両腕を回しても、回しきれないような、太く大きな丸太が横たわっていた。
 それは、彼らの伝統的な踊りを踊る時に使われる木鼓(もっこ)で、この丸太の前に、皆一列に座って、バチで叩いて音を出す。
 ジョージは、私にバチの握り方を教え、その丸太を叩かせてくれた。
 丸太は、中をくり抜いてあるわけでもないのに、大きく体鳴して、重厚感のある音が響き渡った。
 その後、トーテムポールや、祭りで被るお面などを見せてもらうと、突然ジョージは、少し悲しい顔をして言った。
「これらの文化も、一度、途絶えてしまったんだよ……」

 それは、北米で大規模に行われた、あの民族同化政策の結果である。
 それぞれの言語と文化を持っていたインディアンやエスキモーたちを扱いやすくするために、白人と同じ言葉を話し、白人と同じ考えをし、白人と同じ生活をするよう強要した政策である。
 これによって彼らは、多くの伝統と文化を失ってしまったのである。

 五十歳を過ぎるジョージは、少し私たちに申し訳なさそうな顔をして言った。
「私はね……、最近、この村に戻ってきて、ようやく自分たちの文化や伝統のことを学び始めたんだよ。だから、まだまだ勉強不足だ……。君たちにうまく説明できなくて、ごめんね……」
 ジョージは、そう深くお詫びするように言うと、再び、顔に暗い影がさした。
「この村に生まれ育っても、村には、若者たちの仕事がないんだ。だから大人になると、どうしても家族や友人たちと別れて、村を出なきゃ生きていけない……。村の伝統文化を受け継いでいくのは、難しいことなんだよ……」
 しかしながら、そんなジョージは、少し笑顔を見せた。
「でも今はね、この周辺海域に、鮭の養殖場ができたお陰で、若者たちが、村に戻って来たんだよ」
 ジョージの笑顔に、私も笑顔を返した。
 しかし、私の笑顔は、少し複雑だった。
 なぜなら、私は知っていたのである。
 この若者たちの雇用を確保している鮭の養殖場というのは、深刻な海洋汚染問題を抱えた事業であることを……。
 地域の若者たちの雇用のために、目をつぶらなければならない、現実が、そこにあることを……。

フィヨルドの海の恵み

船旅では、海から食料を頂くのも楽しみの一つ。その恵みを、毎回紹介いたします。

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つづく

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでは「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」(電子書籍化)「アイスブルーの瞳」を連載した。
公式サイトhttp://web-hirokawamasaki.wixsite.com/webmasaki