次の日、
 この島を離れる朝、アンカリングを解除する作業をしながら、遠くの桟橋の上に、あの貝粒を数える女性の姿を発見した。
 彼女はこの夏、毎日のように、ここで砂粒のような稚貝を数え続けるのだろう。
 なんだか、この島だけ、違う時間が流れているようだった。
 後に、このハカイ海洋生物保護区での海洋学者たちの研究を調べてみると、海洋生物保護の様々な分野で大きな成果を上げ、その内容はインターネットでも見ることができるようになっていた。
 人里離れた離島で、研究に没頭する彼らのような海洋学者たちの情熱によって、これからも、この美しい海が守られていくのだろう。

 船は、再び北を目指した。 
 時々、ポーパス(ネズミイルカ)がやって来て、船との並走を楽しんでいく。

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 この海域からは、氷河がゆっくりと山を削ってできたU字渓谷が見え始める。
 しばらく進むと、天然温泉が湧き出ている海岸が点在するようになり、日本人には嬉しい海域でもある。
 私たちがこの行程でアクセスできそうな温泉は、三つあった。
 ユーコット・ベイ(Eucott bay HS)温泉、ビショップ・ベイ(Bishop bay HS)温泉、ウイーワニー(Weewanie HS)温泉。
 まずは、インサイドパッセージからは、少し遠く離れてしまうけれど、大陸側の長い水路内にあるユーコット・ベイ温泉に向かうことにした。

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 ハカイで一日を過ごした分のしわ寄せで、この日は、一気に50マイルを走ることになる。
 長距離である上に、この水路内は、渓谷から流れ出るいくつもの滝から水量を得て、水面が川のように流れていた。
 この水圧はかなり強いもので、船が押し戻されるほどだった。
 こういった場合、水路の真ん中にいると、流れが大きく当たるので、岸側の岸壁に沿って航行する。
 そんな私たちを、沿岸に立つ木々に棲む白頭鷲(ハクトウワシ)たちが高い場所から見下ろしていた。

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 温泉に到着したのは、辺りが薄暗くなりはじめた日没後だった。
 私たちは、さっそく水着に着替えた。
 このユーコット・ベイ温泉は、この海域周辺に住む有志たちによって石が積まれ、コンクリートで湯の流れを堰き止めただけの温泉で、当然のことながら脱衣所がない。
 北米には、あまり脱衣所という概念がなく、脱いだ服はどこに置くの? という状況は、ごく普通にある。
 一般家庭のシャワールームでも、服を入れる籠があるのは珍しく、大抵の場合は、便座蓋の上か、床に服を置かなければならない。
 公共のスパなども、水着を着たまま来て、水着を着たまま帰りなさい的な所が多く、ここもまた、脱衣所など全く考えられていない場所だった。
 日本人はどうしても、「風呂上りはちゃんと着替えないと、湯冷めをして風邪をひく」という考えがあるので、たとえ水着を着ていても、濡れたまま帰ることに抵抗がある。

 いつか北米人たちが、脱衣所の重要性に気付いてくれることを願いながら湯に浸かると、私の体は、一気に溶けていった。
 これまでの疲れが、溜まりに溜まっているのが分かった。

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