前回まで:気分上々、ピクニック気分でどんどんと砂浜を歩いていたルカと私。辺り一帯を見渡せる高台に登って風景を眺めるうちに、満ちてきた潮に来た道を断たれてしまったのだった。
浅はかな行動だった……。
あまりにも突き抜けた青空に、美味しい空気、息を飲むほど美しい空間が広がるその風景に、私はすっかり浮かれてしまって、潮の満ち引きの時間の確認もせずに、こんな所まで来てしまった。
この地域では、潮汐による水位差が大きく、毎日平均して4メートルほどの干満差がある。
歩いてきたビーチは、みるみる水位が上がり、今から水に入ったら、あっという間に胸の高さまで水が来てしまいそうだった。
私には、泳いで戻る自信はない。
子供の頃は泳ぎが得意で、50メートルのプールを何度も往復することができたが、体が重い大人となった今、子供の頃のようにはいかない。
それに、ルカがいる。
ライフジャケットを付けて、浮力を確保していたならば、泳ぎ戻ることも可能だったかもしれないが、ほんの散歩の気分で来ているので、ライフジャケットの常備もない。
後ろを振り向くと、藪が生い茂る崖が、ややなだらかに聳え立っていた。
その崖の上に目を凝らすと、なにやら海を観察しているような人の姿が、米粒ほどに見えた。
ということは、崖さえ登れば、人の行き来があるトレイルが存在するということだ。
私は意を決し、海に背を向けた。
その崖は、大きな岩に木々が張り付くように根付いているので、足場となるものには困らないようだった。
細い枝が折り重なり、前方の視界を遮るように葉が生い茂っているが、それを掻き分けていく。
ルカは体が小さいので、私よりも身軽な動きで、この崖を登り切ることができるだろうと思っていたが、彼は自分よりも大きな枝葉に遮られて、私について来るのがやっとだった。
そんなルカを、私は抱えることにした。
そして、片手で藪を漕いでいく。
たぶんこの島は、多くの学者や研究者たちが、リサーチのために入っているため、熊もクーガーもいないに違いない。
なんの根拠もないが、私はそう信じるしかなかった。
しかしながら、野生の森のリスクは、何も野生動物だけじゃない。
生い茂った草木の中の藪漕ぎは、皮膚のかぶれを起こすような葉に触れてしまう恐れがある。
藪漕ぎの途中で、ふと、北米でよく言われる、「三枚葉には触るな!(Leaves of Three, Let Them Be)」という言葉を思い出した。
今更遅いが、立ち止まって注意深く周りの様子を見渡してみる。
が、様々な種類の草木がいくつも重なっているので、簡単には見つけようが無い。
それに、もはや私の心は、焦りに焦って、三枚葉どころではなかった。
皮膚のかぶれよりも、まずは、日没までに生還しなければならないのだから。