第1回 食用の歴史と“王の草”バジル

 文明が誕生したごく初期から、私たちの祖先は食べ物に風味を加えるためにハーブを活用してきた。摘みたてをそのまま使ったり、乾燥させて粉末にしたりしていたと考えられている。炭化したフェヌグリークの種子が遺跡で見つかっているが、放射性炭素を使って年代を測定したところ、紀元前4000年前後のものと確認された。

 実際、古代エジプト王たちの墓からも、多様なハーブの種子が見つかっているし、暮らしを楽しむ才能にかけては比類のない古代ギリシャ人やローマ人も、祝宴や晩餐のご馳走に、地元の地中海沿岸産の刺激的な風味のハーブを頻繁に使っていたとの記録がある。やがて遠征によりヨーロッパや中東に勢力の拡大をはかるローマ軍が、チャービルやフェンネルなど地中海沿岸産のハーブをほかの地域へと広げていった。

世界には実に多様なハーブがある。シェフたちはそれを活かして「料理」という自分の作品に風味や彩りを加えてきた。(写真:Andris Tkacenko/Shutterstock.com)
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 世界の各地で国家がかたちづくられ、それぞれがアイデンティティを確立するにつれて、ハーブも各国の料理を特徴づけるのに大きな役割を果たした。イタリアとギリシャでは芳醇な風味のバジル、ローレル、オレガノが使われた。中東ではかぐわしいローズマリーとタイム、アジアでは柑橘系の爽やかなレモングラスやタマリンドが用いられた。かすかに石鹸のような匂いがするシラントロは、メキシコ料理の特徴的な味の源と言ってもいい。

バジルは香りのいい葉を豊かに茂らせる一年草。昔からよくトマトと組み合わせて調理され、ハーブ園でも一緒に栽培される。(写真:Dionisvera/Shutterstock.com)
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 キッチンで使われる料理用ハーブとして、バジルを知らない人は少ないだろう。バジルには多くの品種があり、一般に「バジル」と呼ばれるのはスイートバジルのことだ。バジルは広範囲に分布するシソ科の一種で、アニスに似た味は舌をツンと刺激するが、甘味もある。原産地のインドでは5000年以上前から栽培されており、今でも「もてなしの心」の象徴とされる。

 フランスではバジルは時に「エルブ・ロワイヤル」(王の草)と呼ばれ、シェフの多くは、バジルこそハーブの王座にあると賞賛する。オックスフォード英語辞典には、バジルは膏薬や王族の薬湯にも用いられた、とある。

 料理では乾燥させたものを使うことが多いが、最近は生の葉をスープやキャセロール料理、サラダに使うことも増えてきた。パルメザンチーズ、オリーブオイル、ガーリック、松の実と合わせたバジルペストもよく知られている。温かな料理に生のバジルを使うときは、最後の仕上げの段階で加える。そうしないと、風味の大半が失われてしまうからだ。

 バジルにはビタミンK(血液の凝固を助ける)とビタミンAのほか、マンガンとマグネシウムも含まれる。伝統医学の専門家は、バジルが咳や気管支炎、気分的な落ち込みに効果があると考えている。インドではストレスや喘息、糖尿病の治療薬として用いられる。

 最近の研究で、バジルのフラボノイドと揮発油に含まれる化合物が強い抗酸化作用と抗ウイルス作用、抗微生物作用を持つ可能性があり、がんにも効果がある可能性が示唆されている。

バジルは家庭菜園やキッチンの窓台でも簡単に栽培でき、ハエや蚊などの虫よけにもなる。(写真:Magdalena Kucova/Shutterstock.com)
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 生のバジルは湿らせたペーパータオルに包んで冷蔵庫で保存するとよい。また、製氷皿で冷凍保存しておけば、いつでも料理に活用できる。寒い時期でも、乾燥バジルではなく新鮮なバジルを使えるのは嬉しい。なお、乾燥バジルを作るなら、有機農法のバジルを使うといい。

 ちなみに、ポルトガルとイタリアでは、バジルは恋愛の象徴とみなされた。聖ヨハネと聖アントニウスの祝日には、イタリアの若者は詩と飾り玉を添えて、小さなバジルの鉢を恋人に贈った。

バジルのレシピ:昔ながらのペストソース

 バジルとガーリック、パルメザンチーズ、オリーブオイル、松の実を合わせて、すり鉢で潰すか、フードプロセッサーまたはミキサーにかける。滑らかなペースト状になったら、好みのパスタに添える。

庭で育てた新鮮なバジルの葉を使って、素朴ながらもおいしい伝統的なパスタソースを作ってみよう。(写真:Patricia Hofmeester/Shutterstock.com)
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【材料】生のバジルの葉・・・3カップ、ガーリック・・・4片、おろしたてのパルメザンチーズ・・・3/4カップ、オリーブオイル・・・1/2カップ、松の実・・・1/4カップ

※本連載は書籍『ハーブ&スパイス大事典』の一部を抜粋、再構成したものです


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