第1回 新宿歌舞伎町から始まった裏社会取材

――では、編集者として会社勤めをしながら執筆活動をされていたんですか?

 そうです。就職したあともライターの仕事は来るわけですよ。会社に隠れて書いていましたけどね。日中は出版社の編集者で、夕方からはフリーライター。2000年代初頭、20代後半で、毎晩のように新宿で飲んだくれていたのですが、そのころですね、裏社会に触れるようになったのは。

 歌舞伎町の浄化作戦が始まる前で、新宿には危ない奴らがうようよしていました。当時はSNSの走りだったミクシィの全盛期で、ネットで呼びかけると、何十人と人が集まったりしたんですよ。ミクシィで呼びかけて、新宿2丁目のゲイバーを借り切ってパーティーを開いたり、ゴールデン街で飲み会をやったり。不特定多数に誘いをかけることになりますから、そこにヤクザだの薬の売人だのというのも来るんですよ。危ない武器を持ってくる奴とか、汗だくで「お水ください」とずっと繰り返している奴とか。

 怖いというより刺激的なおもしろさがありました。そのうちに、そこで見聞きしたことを記事にという依頼が来たりもして、そこからですね。裏社会のことを取材するようになったのは。

――海外の裏社会を取材するようになったのは、いつごろからですか?

 30代前半で出版社を辞めて、独立してからです。海外の裏社会にかかわる場所となると、たいていは危険地帯といわれる場所ですからね。フィリピンやタイなどの、裏社会を取材するようになったのですが、こちらは仕事というより、楽しみ9割で行っていました。

丸山さんのデビュー作、『アジア罰当たり旅行』(彩図社刊 2005年)。若さゆえに怖いもの知らずでアジアをずんずん旅する痛快エッセイ
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