――「バクトリアの至宝」をはじめとする古代アフガニスタンの文化財を、大統領府の地下の金庫に隠すことになったいきさつを聞かせてください。

 館長の主導で小さな会議が持たれました。1989年にソ連軍が撤退した直後です。会議の目的は収蔵品をどう守るかです。

 当時は、共産主義政権下にありましたが、早晩この政権は崩壊するだろうと私たちは踏んでいました。政治の空白が生まれれば、文化財は危機にさらされます。

 何度も議論した末、2、3カ所に収蔵品を分散して保管しようということになり、情報文化省もこれに同意しました。そのうちの1カ所が大統領府にある中央銀行、もう1カ所が情報文化省です。

 これが功を奏し、国立博物館に残された収蔵品は、のちに甚大な被害を受けましたが、その2カ所に運び込まれたものは難を逃れることができました。

――収蔵品を移すのは当時、そうとうに危険な行為だったのですか。

 それ自体に危険はありませんでした。しかし、秘密裏に行う必要がありました。そこにあるという情報が外に漏れたら、元も子もないですからね。

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