葬儀のフィールドワークという非常に繊細で困難なことを長期間続け、民俗学に新境地を切り開いた山田さんだが、2008年に突然、転機が訪れた。

国立歴史民俗博物館准教授の山田慎也さん。机の上にある補聴器を使って取材に応じてくれた。
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「急に耳が聞こえなくなりまして、今も聞き取りがすごい苦手です。単にボリュームが落ちたんではなくて、子音が聞き分けにくいので、一日中、ヒアリングテストみたいな状態になりまして。補聴器をつけてお葬式に行くと、音楽を聞いてると思われるんですよ。それと、気配がわかんなくなっちゃって。お葬式の調査で、すごい神経遣うのは、どこに自分が立つかなんですよね。目立たないよう、気配を感じて、誰かがひそひそ言っていたら、あいさつをすべきか、むしろ、その場を避けたほうがいいのか、咄嗟に判断しながらやってきたんですけど、もう、それが本当に、耳が聞こえなくなったらできなくなったので、フィールドワークはあきらめて。でも、素朴にやりたいことをやるしかないのかなって思って、それではじめたひとつがこれですね──」

 山田さんが、差し出したのは「近代における遺影の成立と死者表象」という論文の別刷りだ。

 遺影の成立、という言葉に意表をつかれた。

 遺影というのは、生前に撮られた写真を、死者の表象として飾ったもののことだ。

 遺された影、というのは、なんと絶妙な表現だろうか。

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 そして、「成立」と言われてあらためて気づくのは、写真が一般社会にも普及をしたのは20世紀になってからで、まだ百年そこそこの歴史しかないということだ。つまり、それより前、世界中のだれも、死んだ人をあらわすものとして「遺影」を使うことはなかった。

 今では葬儀の祭壇はもちろん、自宅の仏壇やそれぞれの宗教、信条に応じた場所に、近親者の遺影が飾られている場合は多いだろう。そして、その遺影に向かって「おじいちゃん」とか「おばあちゃん」とか話しかけたりもするわけだ。

 いったい遺影はいつ成立したのだろう。前回までの話とあちこちつながりつつ、すごく身近なのに謎に満ちた新たなテーマの出現である。

本誌2016年4月号でも独特な葬儀と死生観をもつインドネシア、トラジャの特集「インドネシア 亡き家族と暮らす人々」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。

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