「地域であったり、親族であったり、日本の場合『家制度』という枠組みもあった中で、戦後は、会社まで含めて、さまざまなところが死者を送り出したり記憶したりしていく仕組みがあった。それも時代によって、変わっていくんですけど、90年代以降になると急速に特定の血縁者というか、個人にしぼんでいく。死者を記憶し追悼するのが、もう家族以外は基本的にはしなくていいっていうふうに変わったのが、大きな変化だと思っています。例えば、家族葬という言い方も広まって、逆に今までつき合いがあったおじいさん、おばあさんが亡くなったときに、お参りに行けない。行くと逆に負担をかけるんじゃないかって気をもむみたいな感覚が出てきていますね」

 自宅で葬儀をする場合、それだけでも、地域共同体に対して開いている(気がする)。葬儀場では、「どこまで開くか」任意に設定しやすい(気がする)。その時、「家族葬」と言われると、きわめて身近な親類くらいまでしか行ってはいけない(気がする)。

 山田さんの指摘は、ぼくの感覚としても、非常に納得できるものだ。

「また和歌山での調査での話ですが、死の知らせって、結局、お葬式の招待状なんですよ。『お使い』『告げ』とかいいまして、おたくとは今後もつき合っていきますよっていう、ある意味、関係の確認なんですね。それをもらった家は、今後もつき合っていくわけだから、それなりの香典も負担するわけです。だから知らせる相手のリストアップは、すごい慎重に行われます。葬儀には、招待って基本的になくて、要するに知れば行くもんだっていうルールが、近世以降できています。もう数百年の歴史があって、江戸時代の中ぐらいからと大体考えられるんですけど、それが1990年代まで機能してたわけですね」

 ここで、わーっと話が広がった。

「知れば、行く」というシステムが、日本では数百年機能していた、と。それ自体、とても気になる知見だ。ちょっとだけその点を確認しておきたい。

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