「霊長類の赤・緑色覚というのは、実は物の形を見る神経回路をそのまま使っていて、物の輪郭を見る機能を犠牲にしているんですよ。なので、サルに丸いパターンを選ぶと餌がもらえるという訓練をして、それを緑だけ、赤だけで訓練を重ねていって学習をしたあとに、ときどきモザイクになっているやつを混ぜる実験をします。そうすると3色型色覚のサルは、とにかくすぐにエサがほしくて手を出して、正答率が偶然レベルまで落ちてしまうんです。人間に同じテストをやると、間違えはしないんですが、答えまでの時間が長くなります」
2色型は、明暗を使ってものの輪郭を見分ける明度視に秀でている、と。それは、霊長類の赤・緑の色覚が実はものの輪郭を見るための神経回路をそのまま流用しており、輪郭を見る能力を犠牲にしているからという説明だ。これは、東京大学総合文化の博士課程の学生だった齋藤慈子さん(現在、武蔵野大学講師)の仕事で、前述の平松さんやメリンさんとあわせて、河村研究室の新世界ザル研究におけるレジェンド的な存在である。
さらに河村さんたちは、3色型と2色型では、繁殖成功率に変わりがないことを示したり、むしろ2色型の方が高い傾向があることまで示した(有意な差ではない程度)。本当に驚くべき結果が、次々と出てきたのである。
さて、なぜ、こういうことになっているのか。ヒトを除く旧世界ザルや類人猿のほとんどに、3色型の強い選択圧がかかっていることを考えれば、本当に不思議な話だ。なにかもっとシビアな環境、たとえば、乾燥で森に果実が少なくなり、探索が難しい時期が10年か20年に一度あって、その時に、3色型が圧倒的に有利になるとか、もっと長い間みないとわからないことかもしれないし、単にデータの量の問題かもしれない。素人ながら思いをめぐらせた。
「完全に2色型と3色型で差がないとなると、遺伝の多様性をどうやって維持するかという話になってきて、中立変異と同じになっちゃいます。中立変異はいずれは消える運命なので、それにもかかわらずさまざまな色覚の型が残っているということは、何らかのメリットがないといけないはずです。やはり、2色型には2色型のよいところがあって、3色型には3色型のよいところがあって、両方いることはいいのではないかということですね」