「実は、ミツバチも3色型です。でも、ヒトとの違いは分かりますか」と河村さんは指差した。
「ミツバチの場合、L、M、Sの感度のピークが、ヒトに比べて離れているんです。ヒトは、L(赤)とM(緑)が近づいていますよね。色はセンサーのアウトプットの比率だと言いましたけど、ヒトの場合、L(赤)とM(緑)がかなり重なっているから、片方だけがすごく興奮して、もう片方がまったく興奮しない、ということはありえないんです。その一方で、ミツバチの場合は、3種類のセンサーがかなり独立しているので、識別できる色が増えるわけです」
ミツバチは、ヒトよりももっと色彩あふれる世界に住んでいるともいえるかもしれない。
そして、さらに鳥類!
「4色型です。L(赤)、M(緑)、S(青)のほかに、VS(ベリーショート、紫外線)のセンサーかあります。ヒトやミツバチはいわば3次元の色空間を持っているわけですが、鳥は4次元ですから、もう3次元では表せません。例えば、絵の具のセットの中に、紫外線色の絵の具というものがあったとします。ヒトにとっては、それは見えないので、パレットの中でほかの色と混ぜていっても、ヒトにはまったく色が変わったようには見えません。でも、鳥が見ればどんどん色が変わっていくように見えるわけです。そういう感じですね」
紫外線が識別できると、たとえば、人間の目には1色にしか見えない花に、実は模様があるのが分かったりする。識別する能力のある鳥にとっては、それはやはり「色」だ。
さて、ここまでで、L(赤)、M(緑)、S(青)、VS(紫外線)のタイプの錐体オプシンが出てきた。また、桿体にも特有のオプシンがある。
細かいバリエーションはありつつも、脊椎動物がこれまで使ってきたのはこの5種類だという。実は脊椎動物の共通祖先の段階で、これらは出揃っていたと考えられる。今後の議論でさんざん登場してくるので、表記をさらに「妥協」して、赤オプシン、緑オプシン、青オプシン、紫外線オプシンとする。「色」は光にくっついているわけではなくセンサーのアウトプットに応じて脳が「色付け」しているということとさえ理解しておけば、こういう表記も議論をミスリードしないですむはずだ。
そして、ここまでで河村さんによる、色覚の基礎講座は終了だ。背景知識自体すでにディープだけれど、さらにディープで興味深い世界を、河村さん自身の研究として語っていただけるところまでやってきた。
河村さんは、こんな問いかけをした。
「そもそも色覚って、どのような環境で最も役に立つと思いますか。これが色覚の進化を考えるうえで重要になるんです」
さて、それはどんな環境なのだろう。色が区別できると便利にはちがいないけれど、それが特に効いてくるような環境とは?