タトラー・クリークが流れる谷は、私たちの好きな調査地だ。水もきれいで、野生動物に出会うことが多い。タトラー・クリークの「タトラー」とは、この谷でよく見かける鳥、キアシシギの英語名だ。

 谷の入り口には、木がたくさん生えている。木々の間を抜けながら、谷を登っていく。木が生い茂っているところは、グリズリー(ハイイログマ) に気をつけなければいけない。この谷では、よくグリズリーに出くわす。以前、1日に7頭ものグリズリーに鉢合わせしたこともあるくらいだ。ただ、こちらの存在をグリズリーにきちんと知らせながら歩けば、危険な目に遭うことはほとんどない。

 どうやって知らせるかというと、
 「ハロー、ベア!(クマさん、こんにちは!)」
 と大声で叫びながら、茂みへと入っていくのだ(クマに英語がわかる訳ではないので、日本語でも何でもよいのだが・・・)。日本ではクマよけ用の鈴をつけることがあるが、アラスカでは鈴よりも人間の声がいちばん良いとされている。

 この日はグリズリーに出会うこともなく、軽やかに足を運ぶことができた。谷を登っていくと次第に山道もなくなり、ゴロゴロと転がる岩の上を歩いていく。しかし、何年も通っている谷なので、面白いことに1つひとつの岩を認識できるほどになっている。

季節の流れを教えてくれる花

 1時間もしないうちに、ランチスポットにたどり着いた。まだ11時になったばかりだ。
 「トニー、今日は調子がいいね。ずいぶん早く着いた。この調子だったら、結構奥の方まで行けるね。ここで一休みして、水を浄水器でこして、水筒に補給しよう」
 そう言いながら、私はいつもの場所へ向かう。

 アラスカの夏は、きれいな花がたくさん咲いていて、私たちを迎えてくれる。その代表が、ヤナギランとワスレナグサだ。どちらも好きな花だ。

タトラー・クリークに咲く、ヤナギラン(左の紫の花)とワスレナグサ(右の青い花)。
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 ヤナギランは北半球に広く分布する花で、日本でも咲く。英語名の「Fireweed」を訳すと、「火の雑草」になる。なぜこんな名前がついたのか。北米では夏になると、山火事がよく起きる。実際、今年は山火事が多発していて、2004年以来の多さだ。
 山火事が起きると、山は焼けこげ、生えていた植物は一掃され、生命を感じられない山となってしまう。その焼け跡に真っ先に生える植物が、このヤナギランなのだ。見た目は非常に可憐な美しい花だが、その力強さにはいつも感銘を受ける。
 ヤナギランはたくさんの花が上下に並んでいる。まず下側の花が咲き、夏が過ぎていくにつれて、上側の花が咲いていく。毎年アラスカに到着する6月の終わり頃には下側の花しか咲いていないが、帰国する8月始め頃には上側の花まで咲いている。季節の流れを教えてくれる、美しい花である。

 もう1つのワスレナグサは、英語で「Forget-me-not」。直訳すると「私を忘れないで」だ。アラスカの州花で、花は小さいが、鮮やかでキレイな花を咲かせる。

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