第8回 無念の一年延期

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 市販品ではなく敢えて自分の手で装備を製作することにしたのは、実利的な面と形而上的な面で二つの意味があったからである。実利的な意味というのは、自分で作った装備は自分で直せるという点だ。今回の極夜の探検は、長くて5カ月にも及ぶ単独行であり、その間、自分以外の人間と接触する機会すら失われる。このような極限的に隔絶した旅の装備に求められるのは、まずは壊れない頑丈さであり、次に壊れた場合でもその場で直すことのできる単純さである。プラスチック製の既製品の橇は、たしかに軽くていいのだが、現場で壊れたときに修理することができない。だがイヌイットの木橇だと横桁の板や鉄のプレートを添えて釘やビスを打ちつければ、応急修理が可能だ。また毛皮服やカミックも、予備の皮さえあれば、たとえ旅の途中で穴があいても簡単に修繕することができる。

 一方、形而上的な意味というのは、可能なかぎり自分の手を汚すということ、それ自体がもつ意味である。自分で装備を作り、食料を調達し、星を観測して位置を測定し、それを判断のよりどころとする。そのように土地や空間と自分とが関わる領域を広め、そして関与する度合を深めることで、私は自分という存在がよりくっきりとした輪郭をともなったかたちで確立されるのを感じることができる。今度の旅の目的は極夜という現代人が所属するシステムの外にある世界を探検することにあるわけだが、それとは別に、私には常に非日常領域を旅することで、自分の命の手触りを具体的に確認したいという欲求がある。過酷で長い極地の旅では、装備の失敗は直接、旅の失敗につながるし、最悪の場合、命の失敗につながる。しかし、その最も肝要な部分を他人の手により作られたものにゆだねてしまっては、命の手触りを感じることはできない。自分の責任で作った装備で危険な旅を乗り越えることで、生きていることを実感したいという欲望をより濃密に満たすことができるのだ。

 白夜の季節が終わり、一度、夜が訪れると、それからは坂道を転げるように極夜が近づいてくるのが感じられた。太陽の高度は日に日に低くなり、昨日まで明るかった例えば午前8時の時間帯は、翌日になると微妙に薄暗く、3日後にはもう夜明け前といった空の色にかわっている。夜が支配する時間帯が目に見えて長くなり、装備の製作に励みながら、出発の時期が徐々に近づいていることが具体的に実感された。5カ月にも及ぶ単独行に出るというのに、私は冒険旅行に特有の怖さや不安はほとんど感じなかった。むしろ、半年かけて積み上げてきた準備の一つ一つが結実しつつあることを思うと、出発は楽しみでさえあった。そのうち大雪に見舞われ、外は一面白く様変わりし、ひどく重たい空の色とあいまって、村はいかにも陰鬱な北極の冬といった様相を帯びてきた。

 私の探検計画が根底から覆ることになったのは、そのようにほぼすべての準備が整い、出発を待つばかりとなった9月下旬のことだった。きっかけは、ある用件があって隣町のカナック警察に電話をかけたことだった。英語でその用件を切り出して質問したときに警官から告げられた一言に、私は愕然とし、おそらく顔色も血の気が引いて真っ白になっていただろう。

 あなたはもう日本に帰国しなければならない、村では生活できない。携帯電話の向こうで警官はそう言っていた。話の詳細を確認したところ、私の滞在期限は6月の段階ですでに切れており、もしそれ以降、グリーンランドに留まるつもりなら切れた段階で特別なビザを申請しなければならなかったというのである。