第8回 無念の一年延期

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 カヤックの旅からもどってきてからは太陽が沈むのを待つばかりとなった。

 北緯77度47分に位置するシオラパルクでは、その年の太陽が沈むのは10月25日頃である。それ以降は極夜の時期に入り、2月中旬までつづく長い夜をむかえるのだが、私が極夜の探検に出発するのは11月中旬を予定していたので、まだ2カ月以上の時間があった。それまでのあいだ私は本番で使うための橇や毛皮服の製作、それに毛皮靴の改良など、極夜探検のための最後の準備をすすめることにしていた。

 橇に関していうと、それまでは日本でヒノキ材のものを作って持ってきていたが、春のデポ設置旅行で氷床を越えるさいに壊れてしまっていたため、新しいものを製作する必要があった。去年のグリーンランド偵察行のときから、私は重さのわりには強度があることに着目して、ヒノキ材を肉抜きしたものを橇の材料にしてきたのだが、壊れてしまった以上、改めて材の選定から見直す必要がある。インターネットで木材の重量や強度や特性などを調べてみると、ブナ材がもっとも適しているようだったので、私は日本で協力者に要請して新しいブナ材を送ってもらっていた。

 高級机のような質感のあるブナ材をかついで、親しくしていたヌカッピアングアという村人の家を訪ねると、彼は真剣な眼差しで材の切り出しの角度を吟味してくれた。村人たちの話によると、橇作りの際に重要なのは船首側の反りあがりの角度で、この角度が甘いと雪や氷の衝撃が直接、ロープに伝わり、引くのが非常に重く感じるという。この切り出しの角度がきまると鋸で材を切断し、氷に接地する滑走面に鉋(かんな)をかけていく。電動工具は持ってないのですべて手作業だ。ある程度出来上がると、ヌカッピアングアが目をつぶって滑走面に掌をあて、その感触で滑らかさを確かめ、わずかでも凹凸があると何度でも私にさらなる丁寧な鉋がけを命じる。

 雨や雪や風のある日は橇作りを休みにして、家のなかで毛皮関係の縫製に取りくんだ。日が昇らず衣類を乾かすことのできない極夜の探検では、衣類や寝袋にも特殊な工夫が求められる。極地の旅で重要なのは防風能力で、その点だけだと素材としてはゴアテックスが一番安心なのだが、しかし外気温が低すぎるためゴアだと汗が透過せず、内側ですべて結露して凄まじい量の霜が発生する。霜の形成を回避するにはいくつかの方法があるが、今回の探検ではアザラシの毛皮服を使ってみることにした。毛の生えている側を外にすれば水分は発散すると前に聞いていたからだ。大島育雄さんから傷の多いタテゴトアザラシの毛皮を安く譲ってもらい、型紙にそってハサミで切る。ヌカッピアングアの妻のパッドに大きさや出来具合をチェックしてもらい、そのたびに何度も縫い直し、作りながら自分に最適なサイズを見つけていく。

 靴は去年から現地でカミックと呼ばれる毛皮靴を使っている。その前まではカナダ製の市販の防寒ブーツを使っていたが、カミックのほうが断然軽いにもかかわらず、同程度の防寒機能を持ち合わせているため切り替えたのだ。唯一の欠点は靴底もアザラシの毛皮で踵がないためスキーを履きづらいことなのだが、この欠点を少しでも補うため、市販のブーツの靴底を切りとり、もともとカミックの靴底に付いていたアザラシの毛皮と交換することにした。