第7回 セイウチと浮き氷

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 カナダデポが失敗に終わったのを機会に、わたしは改めて極夜探検をふくめた今回の計画全体を頭のなかで反芻していた。8月にもカナダに向かうチャンスはあるだろうが、もしかして氷にはばまれたりしたら、ピム島に渡れるとは限らない。ピム島にデポできないと冬の目的地であるグリスフィヨルドには行けないことになる。そうなった場合、本番の極夜探検ではどこを目指せばいいだろう……。

 ふと、北極海でも目指してみようか、という考えが頭によぎった。北極海、北極海、北極海……。考えを巡らせているうちに、グリスフィヨルドなんかよりも北極海のほうが今度の旅の終着点としてはるかにふさわしいのではないかという気がしてきた。

 極夜という未知の世界をくぐり抜け、そしてこの地球上の大地の北の果てにある北極海に行きつく。そちらのほうが全体の旅の構成としてははるかに美しい。もともとグリスフィヨルドを目的地にしたのは、シオラパルクから別の村に向かうとしたらそこしか選択肢がなかったからだ。探検の目的はあくまで極夜であり、グリスフィヨルドは便宜上、設定したゴールにすぎなかった。しかし考えてみると、なにも別の村に向かわなければならないわけではない。極夜の探検を終えてシオラパルクに戻ってくるのも決して悪くはないのだ。

 村に帰った私は、地図を引っぱり出し、資料をめくり、本当に極夜の時期に北極海まで往復することが可能かどうか厳密に検証した。どうやらそれは決して不可能ではなさそうだった。私は正式に日本の連絡人やカナダ政府側に連絡し、ピム島には物資をデポせず、冬も北極海を目指すことにしたと計画変更を伝えた。

 イヌアフィシュアクを目指した2度目の航海に出発したのは7月22日のことだ。村人によると、この時期になるとセイウチはすでにカナダやグリーンランド北方に移動しており、イヌアフィシュアク周辺も含めてその数は少ないだろうということだった。セイウチ来襲の不安から解放されたわれわれは今度こそ夏のバカンスを楽しむべく、デッキに漁網を乗せて軒昂に村を後にした。1度目の航海で海にも慣れたし、海岸線の定着氷も完全に解けてなくなった。潮位を見誤るというバカな失敗もしないだろう。

 ところがここの海は甘くなかった。今度はセイウチではなく氷に散々悩まされることになる。村を出発して5日目にイータという昔の集落跡地に到達したときに強い西風に見舞われ、沖にあったおびただしい量の浮き氷が押し寄せてきたのだ。その日から我々は小高い丘に登っては海を見渡し、水平線の彼方まで埋め尽くす浮き氷を見ては悄然とテントに引き返すという日々をおくった。

 われわれの行く手をはばんでいたのは、カナダとの海峡に張っていた氷だ。インターネットで公開されている衛星画像によると、毎年、このカナダとの海峡の氷は6月から7月にかけて崩壊し、大小さまざまな氷盤や浮き氷となり、そのうちバラバラになって解けていく。だいたい遅くても7月下旬から8月上旬には解けてなくなるようだが、しかし今年の夏は寒かったのか、何日待っても浮き氷が無くなる気配は見られず、解けては風に乗って沖から補充され、また解けては補充されということを繰りかえしていた。