第7回 セイウチと浮き氷

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 水平線の彼方まで埋めつくす浮き氷、みるみる凍結していく海、突然攻撃してくる不気味なセイウチども……。

 1年にもおよぶ今度の長い北極の旅のなかで一番楽しみにしていたのが、じつは夏のカヤックによるデポ設置旅行だった。ウニを獲るための鏡面やヤス、それにホッキョクイワナを捉える網や釣り道具など、われわれはそうした極北の海を味わいつくすための一切合財をカヤックにつめこみ、村をあとにした。ところが実際の海は、本番の極夜探検を凌ぐのではないかというほど茫漠とした不安な世界で、そんな私の夏のバカンスめいた浮ついた期待感は青い浮き氷とともに無残に砕け散ったのだった。

 春の橇旅行で1カ月分の物資をデポした私は、今度は夏にカヤックで残りの3カ月分をカナダ・ピム島とイヌアフィシュアクの小屋に運ぶ予定にしていた。とはいえ、これだけの物資を一度に艇に積載するのは難しい。そこでまず6月下旬から7月上旬にピム島に向かい、そのあと村にもどり、8月に残りをイヌアフィシュアクにむけて運ぶという2段階の計画をたてていた。

 今回のカヤック旅行に同行してくれる山口将大が村に着いたのが6月19日。その2日後の21日に、われわれは急き立てられるように1回目のカナダデポに出発した。実際にこの1回目の航海はあまり時間がなかった。冬の間に結氷したグリーンランドとカナダ間の海峡の氷が、6月下旬から7月上旬のどこかの時点で崩壊するはずで、そうなると無数の浮き氷や巨大な氷盤が流れ出してカナダに渡航するのは不可能になるからだ。

 折しもシオラパルク周辺はセイウチ猟の真っ盛りをむかえていた。村人たちは次々とボートで沖に向かい、肉を満載にして戻ってくる。カヤックですれちがうと、彼らは必ず「セイウチがたくさんいるぞっ! 気をつけろっ!」と大声で注意を促してきた。なかにはアノイトーという、われわれがカナダへ海峡横断する起点となる場所まで行ったという村人もいて、そこでもやはり海のなかを無数のセイウチが泳いでいたと教えてくれた。彼らのボートのデッキに眠ったようなセイウチの死んだ顔がチラチラ見えた。ちょうど冷たい海を求めてセイウチが北上する時期なのだ。

「気をつけろって言ったって、どうすりゃいいんだろうなあ」

 このときの私たちは知らなかったが、じつはどうしようもないのである。ただ、彼らの注意喚起に不気味な気分になったわれわれは、比較的安全だという岸沿いをなるべく進むようにした。

 夏とはいえ、北緯78度の海は手足がしびれて感覚が無くなる程度には寒く、セイウチのこともあり、出発早々、われわれのバカンス気分はいささか縮小気味になっていた。