第5回 白夜のデポ旅行

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 5月7日、ちょうど20日間のデポの設置旅行を無事に終え、相棒の犬ウヤミリックとともにシオラパルクの村に帰ってきた。

 今回の旅行のルートは次のようなものだった。まず村の近くにある傾斜のきつい面倒な氷河を登り、一面、雪氷に覆われた氷床に出て、それから北西に向かう。そしてイングルフィールドランドと呼ばれる陸地に下り、広大でなだらかな谷を下って海に出て、デポの貯蔵場所として考えていた小屋に向かうというものだ。

 距離は往復で330キロほどだろうか。歩いた長さ自体はさほどでもないが、しかし、小屋に行くまでの往路は1カ月分のデポ食糧と燃料を積んでいたので、橇の重さはたぶん160キロから170キロにおよんでいたはずだ。過去に経験のない重量だったため、出発前はかなり時間がかかるだろうと予想していたが、終わってみれば予定より1週間ほど早く村に戻ってくることができたうえ、身体にも全然疲れが残っていない。

 去年は2月から3月の最も寒い時期に今回とほぼ同じルートをたどったのだが、このときは疲労のため村に戻ってから1週間ぐらいは何もする気が起きなかった。ところが、今年は帰村して3日目に早くもこうしてもう原稿を書いているのである――これは驚異的なことだ。

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 今回の旅ではいくつかの想定していなかった事態が出来(しゅったい)した。二つは否定的な事態で、三つは肯定的な事態だ。かなりまずい状況にもなったが、しかし単純にプラスマイナスすると肯定的な事態が一つ多いのでトータルの収支はプラスということで、実際に結果としても予定より多くの物資を、より北の地域、つまり本番の旅では有利な場所にデポすることができたので、満足なものとなった。この想定していなかった事態を順次説明することで、おおむね今回の旅の模様は描写できるだろう。

 はじめに起きた予期せぬ事態というのは橇の破損だった。最初にデポ旅行に出発したのは4月11日、村からフィヨルドを奥に向かい氷河を登って、事前に荷揚げしておいた半分の荷物を回収し、3日目に氷床に辿りついた。トラブルが起きたのは4日目だった。橇には170キロ前後の荷物を積載していたものの、氷床に登ってからも私と犬はさほどの苦労もなく前進していた。ところが、風で抉られて洗濯板のようにガタガタになったサスツルギと呼ばれる雪の段差を越えたとき、橇に横向きのねじれ負荷がかかり、ランナー(滑走面)をつけている板が木目に沿って見事に割れてしまったのだ。

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