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 カナックに行った目的は三つあった。一つは山崎さんの犬たちの訓練のため、もう一つは店で必要な物資を買い出しするため、そして何より去年の遠征で私が購入した犬を回収しにいくためである。

 昨年、私はシオラパルクでウヤミリックという名の1歳の若い雄犬を村人から買い取った。グリーンランド北西部からカナダ・エルズミア島にかけては白熊の出没が多い地域で、極夜という、暗闇につつまれて視界がきかない季節に旅を考えている身としては、万が一に白熊が接近してきたときに吠えてくれる犬を、番犬として連れていく必要性を感じていたのだ。

 去年の旅で私は、この犬を自分なりに調教し、一緒に橇を引いて氷河を登り、苦労して氷床を越えて、深雪のなかを海に下り、再び氷床を越えて村に戻ってきたのだが、それはほとんど、氷点下40度の寒さがつづく過酷なサバイバル環境に、犬と人間が長期間、1対1で放りこまれたらどのような関係が発生するのか、それを試す実験のような40日間だった。

 私と旅に出るまで村から一歩も外に出たことのなかったウヤミリックは、橇引きの要領がわからず、あっちをむいたり、こっちが気になったりと落ち着きのない挙動を繰り返した。非情な寒さと疲労と、予期していた通りに進行しない旅の現状に消耗しきっていた私は、そのような犬の挙動に我慢がならず、「なぜおれはこんなに必死に、お前の餌の分もふくめて橇を引いているのに、お前は努力しないのだ」という、よく考えたら大変に身勝手で一方的な怒りが湧きあがってきて、それが制御できなくなり、何度も罵声を浴びせては、時には拳で殴りつけた。

 しかし、時間が経つとすぐに自分のなかに不毛な怒りに身を流してしまったことへの反省が生まれ、「ごめんよ、ウヤミリック」などと優しい声を出して頭や腹をさすってやる。すると犬も犬で「クーン……」などと甘えた声を出して身体を私になすりつけてくるのである。

 昨年の旅では、烈風の吹きすさぶ白い大地のうえで、そのような安手のメロドラマじみた日々を送っていただけに、私のなかでこの犬との間柄は非常に深まったものとなっており、今年は犬との再会をことのほか楽しみにしていたのだ。

 ところがシオラパルクに着いてみると、ウヤミリックは村にいない。犬を預けた元の飼い主であるケッダという村人が用事で南のウパナビックの村に行っており、彼の犬たちもカナックの村の前に繋がれているというのだ。山崎さんに頼んで電話でケッダに話を聞いたが、彼はいつ村に戻ってくるのかよく分からないという。そこでカナックまで山崎さんの犬橇に乗せてもらい、自分で回収することにしたのである。

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