第11回 共有地の悲劇―環境問題の原因を見つめてみる

 地球のことや、そこに生きる人々のこと、いろんな生物のこと。考えていると、いろいろ不安になることがある。僕らを心配させるその原因のひとつは、環境問題じゃないだろうか。今回は、そもそもなぜ環境問題が生じるのかを考えてみよう。

共有地の悲劇

 ここでは、環境問題の本質につながる、ひとつのたとえ話を考えてみる。とても単純な話だけど、読者のみなさんには真剣に向き合ってほしい。それは共有地の悲劇という話――。

 むかし、ヨーロッパの農村には、共有地とよばれるスペースがあった。共有地は村人だれもが利用していい場所で、農民たちはそこに自分の牛を放牧し、牛たちは共有地の草をはんで成長する。このシステムで村の平和が保たれていたのだが、あるとき知恵のある農民Aは、こう考えた。「オレの牛の数を増やして、自分が食べる以上の牛乳や牛肉を生産し、それを町で売ったら儲かるな」――そして彼は、それを実行に移した。農民Aは成功し、金持ちになった。それを見ていたほかの村人たちは、成功者を模倣し、自分らも牛の数を増やすことにした。

 すると、村人たちの現金収入は増え、ゆたかになっていった。その一方で、共有地の草は目に見えて減りはじめた。そのとき農民Bはこう考えた。「このままでは草がなくなり、村じゅうの牛は共倒れになってしまうだろう。我が家の牛の数を減らそうかな」 すると彼の妻は言った。「うちが牛の数を自主的に減らしたら、それをいいことに、となりの家のずるがしこい農民Cは、さらに牛の数を増やすだろう。うちだけが自主的に牛を減らしたって、結局はどうにもならないんだ」

共有地の牧草がなくなったとき、僕らはみんなで共だおれすることになるんだろうか?(写真は兵庫県の砥峰高原。ここはヨーロッパでも牧草地でもありません!)
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