第9回 コケのお話

 今回は、僕にとっていろんな意味で気になる植物、コケのお話をしてみよう。コケとは。道ばたの石垣に控えめに付着している植物。森のなかで緑のマットを形成する植物。そして、北の国の広大な大地をおおう植物である。コケの生きざまに僕は、未来を憂う科学者としての関心を向けると同時に、きわめて個人的な愛着を感じている。

うす暗い地面から光を求めて伸びるコケ。進化の歴史のなかで最初に陸地に上がったのはコケのなかまであり、むかしも今も、緑のマットで地面にフタするのが彼らの生き方だ。写真のヒノキゴケは、特に大ぶりでうつくしいので僕のお気に入りだ。
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コケと僕の使命

 ハーバードでの大学院時代、僕が研究の対象としていたのはカナダ北部の亜寒帯の森林だ。果てしない大地に針葉樹林(タイガ)が広がるエリア。そしてその大地は、一面のコケで覆われていた。比較的乾いた場所では、イワダレゴケ(Hylocomium splendens)やタチハイゴケ(Pleurozium schreberi)。湿った場所ではミズゴケ(Sphagnum属)。コケの緑のマットにおおわれた世界は、特別な感覚を生じさせた。そこを歩くと、コケのクッションで足が沈みこんでゆく。コケは周囲の音を吸収し、僕をひとりぼっちにする。平坦で、あまり見通しのきかない針葉樹林。どっちを向いてもクロトウヒ(Picea mariana)の木とコケばかり。すぐに方向感覚が失われてしまう。命綱のGPSをにぎりしめながら、おそるおそる歩く毎日だった。

 なぜこんな場所にいたのかって? 僕がこの場所で研究していたのは、地球温暖化について。北の生態系は、現在のところ大量の炭素を蓄積している。しかし、それは今後どうなるか分からない。生態系の炭素が増えたり減ったりすることは、大気中の二酸化炭素の増減に直結している。生態系が炭素をたくさん貯めこめば、大気中の二酸化炭素は減って温暖化はおだやかになるし、逆に生態系から放出されると、温暖化ははげしくなる。