第6回 生物進化とこころ―自然と人との関係を問い直す

 森への畏れは、アミニズム(自然崇拝)という原始宗教の発生と深い関わりがあるだろう。僕は進化生物学の教育を受けたためにはっきりした無神論者になったんだけど(もちろん、科学者のなかには頭のなかで神様の存在と生物進化を両立させてる人もいるけど)、それでもなお、宗教には意味があると思っている。それは、神様などの超自然の存在はいないとしても、神様を信じ、宗教の掟を守ることには適応度を高める効果があるのではないか、ということ。宗教によって先人の知恵を効率よく伝えることができたり、理屈によらず畏れという感情に訴えることでコミュニティのメンバーを導くことができるのかもしれない。宗教は憎しみや戦争などの副作用を引き起こすことも多いけど、なんらかのポジティブな意味もあると考えている(※)。

 森や植物は美しいと思う。それは昔も今も多くの芸術家の創作の対象となっているだけでなく、芸術家じゃないふつうの老若男女も春のサクラや秋のモミジに感動を覚える。このような現象は、たまたま植物が、人間の好みに合う美しさを持っていたというのではない。事実は逆である。森や植物と密接に関わりあいながら何百万年もかけて進化してきた人類は、好ましい植物を見ると「美しい」と感じるようになった。それが適応度を上げたからだ。逆に人間は、動物の死体や腐った果物などを見ると、「醜い」と感じる。そう感じ忌避することで食中毒や感染症を防ぐことができ、適応度が上がるということなのだ。このように、人間の美的感覚や芸術性も生物進化によってつくられている。これが僕の持つ仮説である。

 いま僕のなかで、生物進化が熱い。しかし、ここまでいろいろ書き連ねてきたような仮説は、既存の科学の手法を使った研究がむずかしく、多くの科学者をしり込みさせてきたテーマである。そんなとき背中を押してくれたのは、京都大学の学際研究着想コンテスト(http://www.cpier.kyoto-u.ac.jp/contest/)。学問の自由さで名高い京都大学のなかでも、特にユニークで独創的な研究提案を競うコンテストである。2014年のコンテストで、僕は研究仲間とともに、進化生物学・宗教哲学・芸術学を融合させて人間と森の関係を問い直すという提案を行い、なんと最優秀賞をもらうことができた。

京都大学学際研究着想コンテストは、1枚のポスターだけが審査の対象である。これは僕らのチームでつくったポスター。芸術学・宗教哲学・音響学。多彩な共同研究者とともに人間の本質を突き止める。ラディカルなくらい野心的で、われながらドキドキする研究だ。(<a href=" https://goo.gl/4aDkLu" target="_blank"> PDFでご覧になるにはこちら </a>)
京都大学学際研究着想コンテストは、1枚のポスターだけが審査の対象である。これは僕らのチームでつくったポスター。芸術学・宗教哲学・音響学。多彩な共同研究者とともに人間の本質を突き止める。ラディカルなくらい野心的で、われながらドキドキする研究だ。( PDFでご覧になるにはこちら 
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 人はなぜ森で感動するのか。こころになぜその感覚が存在するのかを解明する。一見無謀とも思えるこのチャレンジに、本気で挑んでみる。僕が林長を務める京都大学芦生研究林は、エコツーリズムのさかんな場所でもある。そもそも、なぜ人々は時間とお金をつぎ込んで森にやってくるのだろう。森で何を得て帰るのだろう。都会に生きる現代人にとって、森が持つ精神的な価値を明らかにしてみようと思っている。


※ 生物進化にかかわる思想・著述の第一人者に、ドーキンスというイギリスの科学者がいる。僕がこの連載のような一般向けの文章で書こうとしていることは基本的にドーキンスの主張とおなじなんだけど、宗教に対する姿勢だけは違う。彼は宗教の負の側面を強調し攻撃するけれど、僕は無神論者でありながら、宗教はそんなにわるいことばかりもたらすわけじゃないと思っている。同様に、一見ムダに思える人間の芸術性も、それが人類に普遍的に見られるゆえに、人間にとって本質的な意味を持つと考えている。宗教は「ウソ」「まやかし」、芸術は「ムダ」「ぜいたく品」なんて言われることも多いけど、それが人類に普遍的に見られる以上、意味がないわけないのである。

伊勢 武史(いせ たけし)

1972年生まれ。高校卒業後、しばらく働き、米国ワイオミング大で生物学を学んだあと、ハーバード大学大学院に進む。現在、京都大学フィールド科学教育研究センター准教授。地球温暖化で重要な役割を果たしている生物圏については、その複雑性から、陸上の生物による炭素の循環のシミュレーションが遅れていると考え、現在、陸域における炭素循環と温暖化についてのコンピューターモデリングに取り組む。著書に「学んでみると生態学はおもしろい(2013年)」「地球システムを科学する(2013年)」(ともにベレ出版)がある。