第14回 デビルズ岬のペンギンロード

どこもかしこもペンギンだらけのデビルズ岬。約3000ペアのジェンツーペンギンと、約50ペアのヒゲペンギンが子育て中。
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「ぎゃあーーーっ!! なんだこれーーー」

 そのあまりのペンギンの数の多さに驚いてつい叫んでしまった。大人のペンギンだけでなく、ヒナもたくさんいて、親ペンギンのお腹に入り込んでいるのもいれば、すでに大きくなってヒナだけでくっつき合っているのもいる。丘の上の集団はもはやここには収まりきらなくて、端のほうに営巣しているペンギンは今にも押し出されて崖から下に転げ落ちるのではないかと心配になるくらいだ。彼らは常に、リアルに崖っぷちに立たされているのだ。

 資料によると、ここデビルズ岬のジェンツーペンギンは約3000ペア。つまり、単純計算すると大人が約6000羽、ヒナが約6000羽(1ペア当たりヒナ2羽として)で、合計1万2000羽くらいのジェンツーペンギンがこの狭い空間に集中していることになる。

ヒゲペンギンの親子。
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 よく見ると、わずかだがヒゲペンギンのルッカリーもあった。ジェンツーペンギンの集団から少しだけ離れた、あまり住環境のよくないきつい斜面に大人30羽ほどだけで円形に営巣しているのが一つ。ジェンツーペンギンの集団に取り囲まれた状態で、肩身が狭そうに大人50羽ほどで営巣しているのが一つ。どちらも、今にもジェンツーペンギンに侵略されてしまいそうな雰囲気で、心無しかヒゲペンギンは遠慮がちな様子に見えた。

「おぉ、キミたち、すまんねえ・・・決して怪しいもんじゃないよ・・・」
 話しかけながら、私はペンギンたちのそばに忍び寄った。彼らにとって私は完全なる怪しい者である。みな俄にザワツキ始めた。私は手早く、足元に堆積した排泄物を採集した。

 丘の上から島の南側へ降りる斜面と浜辺との間には雪が積もっており、海とこの丘を行き来するペンギンたちの通勤路となっていた。“ペンギンロード”である。雪の上をペンギンたちが何度も何度も通るうちに、その通り道が黒くきれいなラインになっていた。人間と同じで、誰かが先に通って踏み固めてくれた道のほうが歩きやすいのだろう。丘の上から見ていると、どのペンギンも、しっかりとその道だけを歩いている。その姿が、まるで決められたレールの上をゆく人間社会と人生の縮図のように感じられて、なんとも言えないシュールでファンタジーな風景だった。

営巣地と海をつなぐペンギンロード。
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 帰り道、私もそのペンギンロードを通った。前後2方向のみにそそくさと行き交うペンギンの群れに囲まれて歩いていると、だんだんペンギンたちが黒いスーツを着た人の群れのように見えてきて、なんとも言えない可笑しさと侘しさ、そしてペンギンに対する親近感が湧いてきた。人間が生きる文明世界から最もかけ離れているこの南極の地で、通勤時の“新橋駅”辺りにまぎれこんだように感じてしまったせいかもしれない。

ペンギンロードでは、ペンギンから供給される栄養によって藻類が繁茂し、雪を赤と緑に染める。
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廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
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