第14回 デビルズ岬のペンギンロード

 キャンプ地からプレジデント浜にある1つ目の塩湖までは歩いて2時間ほど。山を越えると、海岸線とともに塩湖が見えてきた。塩湖の傍らにはミナミゾウアザラシが3頭ゴロゴロと寝ている。噂通り、こんな状態ならば湖に栄養が大量に供給されるのは間違いない。

 多項目水質計で水質を測定し、湖水サンプルをボトルに採取した。海岸付近は雪が解けているのでアイスドリルなど必要ない。それどころかボートさえも必要ない。なぜなら、水深がわずか50cmほどしかないからだ。おかげで、水質測定も採水作業もお茶の子サイサイという次第である。どうやらここバイヤーズ半島の塩湖はどこもそんな状況のようだった。

 そのままプレジデント浜の海岸に沿って南に歩いていくと、まるで日本海の海岸にあるような千畳敷風の岩場風景が続いていた。そしてなんとも色とりどりの海藻が岩場を鮮やかに埋め尽くしていた。すぐ近くの砂浜はどこか南国のビーチのような雰囲気を醸し出していて、透明な水越しに海藻がゆらめく姿が見えた。ミナミゾウアザラシやペンギンたちが気持ち良さそうに泳いでいる。

 風が時折、デビルズ岬のほうから吹いてきてペンギンルッカリー臭を運んで来た。近づくにつれ、その匂いはどんどん強くなっていく。

 岬の麓まで来ると、斜面が一面鮮やかな緑で覆われているのが見わたせた。ペンギン由来の栄養がふんだんにあるのだろう。フカフカの緑の急斜面を登ろうと数メートル歩いたところで、足元のコケに似た見慣れない植物に気づいた。

「いた!!!」

ついに発見した麗しのナンキョクミドリナデシコ。とても小さくて可愛らしい姿だった。
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 共同研究者の工藤さんも私も地面に這いつくばって興奮気味に叫んだ。ついに我が麗しの“ナンキョクミドリナデシコさま”に出会ったのである。ナンキョクコメススキよりも格段に控えめに、「だって私、ナデシコだもの」と言わんばかりにひっそりと、それでいて周囲のコケとは違った佇まいでそこにいた。

 地面に張り付くように斜面を這いながら観察してみると、ナンキョクミドリナデシコは円形に群生し、その斜面の至るところにパッチ状に分布していた。ナンキョクコメススキも少しは生えてはいるが、ナンキョクミドリナデシコが完全に優占している。この10日間どこに行ってもまったく見つけられなかったのに、この丘の斜面にだけこんなにもたくさん生えているとは! そうか、こういうところを好むのか! と私の頭の中に徐々にバイヤーズ半島生き物マップができ上がってきて、鼻息荒くナンキョクミドリナデシコ斜面を登っていった。