第12回 とにかく湖まで行ってみよう

湖面を覆う氷の上に積もった雪を搔き出して、氷の状態を確認する。
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 最初のリムノポーラー湖から次のチェスターコーン湖までは2つの峠を越えて1時間、チェスターコーン湖からまた1つ峠を越えたミッジ湖までさらに20分かかった。奴隷状態で疲れた私たちはミッジ湖の湖氷のチェックを終えて昼食にした。

 4つめのアサ湖はミッジ湖から30分も先にあり、しかも峠を2つ越えてからだいぶ山を下らなければならなかった。こんなに下ってしまうととても損をした気分になる。帰りにまた同じ道を登らなければならないからだ。明日からアイスドリルや調査機材など重量物を持って通うことを考えるとかなりハードワークになるし、時間もかかる。湖を調査してキャンプ地に戻れば、そのあとにサンプル処理や光合成の測定といった作業もしなければならない。

 どうしたものかと思いつつアサ湖の湖面まで行ってみると、雪の下の水は膝くらいまであり、湖氷もグシャグシャに解けかけていた。この湖はかなり浅いのだろう。運が悪ければ、氷を突き抜けて水の中に落ちてしまう危険もある。おかげで、ここを調査対象から外すことに決心がついた。

 偵察を終え、キャンプ地に戻ると17時だった。

 今日1日、奴隷状態になって足がクタクタだったけれど、とにかく湖を巡り歩いてみて、この辺の地形、湖氷、雪の状況がだいぶ掴めていた。もう論文で読んだだけの想像の場所ではない、実感を伴って理解した場所になっている。やはり、自分の足で歩いて、自分の目で見てみないと何も始まらないのだ。しかも、十数年に1度の大雪という普通ではないタイミングで私はここに来た。それは、環境は決して一定ではなく、常に変動し、時には大きな振れ幅でそれが起こるものだということを忘れてはいけないと私に語りかけてくる。

 さて、ではそんな環境の下で湖の中はどうなっているのだろう? そして、そこに暮らす生き物たちはどうしているのだろう? そもそも、ここの湖の中にはどんな世界が広がっているのだろう?

 私の中で色んな疑問や好奇心がぐるぐると駆け巡っていた。疲れてお腹が空いて今日はもう何もしたくなかったけれど、私は気合いを入れて明日からの調査に向けて機材の準備や動作確認をした。ワクワクしながらソワソワしながら。

廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
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