第11回 「アザラシの丘」へ散策に

アザラシのミイラが草原の上にいくつもゴロゴロと転がっていた。
アザラシのミイラが草原の上にいくつもゴロゴロと転がっていた。
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 ナンキョクコメススキの緑のカーペットでは、もうひとつ、印象に残る生き物に出会った。たくさんのアザラシのミイラだ。カーペットの上に横たわるミイラたちは、どれも昭和基地周辺で見るものとは違っていた。

 『すてきな 地球の果て』(ポプラ社)という拙著の中で、“生と死の風景”というウェッデルアザラシの赤ちゃんの話を書いた。できることなら詳しくはそちらを読んで頂きたいのだが、昭和基地周辺のアザラシのミイラは、身体がゆっくりとゆっくりと分解され、それを栄養にしてひっそりと緑のコケが周りに生えている、という状況だ。

 周囲は荒々しい岩肌が露出し、栄養がまったくない中で、そのアザラシのミイラは重要な栄養源となってコケを育てる。生命が次の生命へとつながっていくことを教えてくれる“生”と“死”があまりにもはっきりとした光景だ。そしてそのアザラシのミイラはなんと約2000年の時を経て今に至っている。身体はいまだ朽ち果てることなく、カラカラになってかなり形が残っている。そばに近づいてもあまり匂いもしない。低温、乾燥、分解者である微生物が少ない、という南極大陸ならではの環境によって、なかなか物が分解されないのだ。

 ところが、今目の前にあるアザラシのミイラは、身体がかなり朽ち果てて原形をあまり留めてはいなかった。ミイラというよりも、白骨に近い。南極半島は南極の中でも温暖で湿度も高くて生物が豊かだ。ここでは、大陸南極と比べて微生物も多く、その上微生物によって物が分解される速度がかなり速いのである。大陸南極ではなかなか物が腐敗しないのだが、ここでは確実にすぐ腐敗するだろう。つまりは、“生命の循環”、“物質の循環”がもっと速いということを意味する。生態系は死体の上に成り立っていると言える。だからこそ、ここはこんなにも生き物が豊かなのだ。それを今こうやって明確に見せつけられたのである。

ミナミゾウアザラシなど気にしない様子のペンギンたち。
ミナミゾウアザラシなど気にしない様子のペンギンたち。
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 ナンキョクコメススキの鮮やかな緑のカーペットの上では、アザラシのミイラがいくつも転がるいっぽうで、何頭ものミナミゾウアザラシの子どもがのんびりと昼寝をしていた。上空にはキョクアジサシが飛び交い、浜辺にはミナミゾウアザラシやジェンツーペンギン、ヒゲペンギン、オオフルマカモメが佇み、キラキラと光る海の上ではカモメの群れが騒がしく飛び回っている。みな、太陽に照らされながら。

 生き物たちの息づかいでとても賑やかな、ここはまさに生き物の楽園だった。

廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
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