第10回 雪に閉ざされたバイヤーズ半島

食堂用と研究用のメロンハットが2棟、テントが9張りのバイヤーズ半島国際キャンプ地。
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 湖氷に穴を開けるには、ひとまずアイスドリルが必須になる。聞いてみると、電動のアイスドリルはあるそうだが、1セットしかないうえに長さ1mのドリルビットしかないとのことだった。何せ、このエリアで夏に調査をするには普通はアイスドリルなど必要ないわけで、湖氷が張っている時期の調査用の道具立てなんてものはあまり用意されていないのだ。マノロ率いる微生物研究チームも湖からサンプルを採取するのでアイスドリルを使用している。ということは、1個しかないアイスドリルをお互いにうまく日程調整をして使わなければならない。しかも、どうやら場所によっては氷の厚さが1.4mくらいあるらしく、深い部分にどうやって穴を開けるかも大きな問題だ。

 やれやれ、これはかなり大変だぞ、計画していた調査を全てはできないね、なんてことを今回の調査パートナーである工藤さんと話し、どうやって調査を進めるか頭の中で考えていた。
 
「よし、とにかく明日、湖まで行ってみよう」

 結局たどり着いた答えはこれだった。ほぼ同時に同じことを私たちは口にした。

 行き当たりばったりのように思われるかもしれないが、決してそうではない。まだ行ったことも見たこともないのにいくら考えたとしても、実際に自分の足で歩き、現状を確認してみない限り最善策は見つからないのだ。雪の質や歩いた感触はどうなのか、湖氷の状況はどうなっているのか、湖はどの程度の大きさなのか。それ次第で、調査にどれくらいの荷物を持ってどれくらいの距離を歩けるかが判断できるし、氷の穴開け作業がどれくらいの仕事量でできるか、1mより深い部分に穴が開けられそうかもなんとなく想像がつく。どの湖を調査すべきかも、表面の氷の色や周りの地形を確認してこそ選定できるのである。

 そんなわけで、まずは明日に向けての調査機材のチェックと準備からバイヤーズキャンプの初日は始まった。

 夕方には準備が終わり、どんよりとしていた空は急に晴れてきた。私たちはその日差しにウズウズし、いても立ってもいられず、近くの海岸へ散策に出かけることにした。そしてこの散策によって、南極半島の活気溢れる生命の躍動感をまざまざと見せつけられることになるのである。

『北極と南極 生まれたての地球に息づく生命たち』

田邊優貴子さんの本が出版されました。生物学者が実際に見た、北極と南極に息づく生き物たちを紹介。「誰も見たことのない世界に行って、誰も知らないことを知りたい」(はじめにより)

120ページ、発行:文一総合出版

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廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
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