第9回 今度は、南極まで2時間ほぼ貸し切り

基地のすぐに目の前にある海辺を散策すると、南極半島ならではのジェンツーペンギンに早速遭遇。
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 外へ出るとどんよりとした曇り空の中、少し冷たい風が吹いていた。けれど、2週間前までいた南極内陸部の風とは違っていた。あの凍てつくような風ではなく、なんというかもっと暖かみがあって湿気を帯びた風だった。そしてその中に潮の香りと土の匂いがした。

 上空では「キィキィキィキィッ」と鳴きながら、キョクアジサシがせわしなく飛んでいた。キョクアジサシは昭和基地やアンターセー湖といった大陸性南極には生息していないので、南極でキョクアジサシを見るのはこれが初めてだ。キョクアジサシは夏に北極、冬に南極(南極は夏)へやってくる世界一長距離の渡りをする鳥で、私の遠征パターンと似ているため大好きな鳥の一つでもある。嘴が黒かったので、南極で繁殖しているナンキョクアジサシではなく、北極で繁殖して南極に渡ってきたのだろう。もしかしたら、去年の夏に北極で会った子かもしれない、なんてことを思うと感動はひとしおだった。

チリの南極基地であるエスクデロ基地。食堂・ゲストルーム・隊長室などがあるメインの建物の前で。
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 ピックアップ型の車が迎えに来て、私たちはひとまずチリの南極基地であるエスクデロ基地へ連れて行かれた。キングジョージ島からリビングストン島へは当初、船で向かうと聞かされていたが、昨日になって急きょ、チリ空軍のヘリコプターで行くことに決まった。そのため、ヘリコプターが運航できる天候になるまでチリ基地で待機することになったのだ。チリ基地に着くと、基地の掃除のおじさん的な存在の人にスペイン語で中に案内され、2段ベッドのあるゲストルームのような部屋に通された。

リビングストン島行きのヘリコプターを待つ間、居候させてもらったゲストルーム。
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「えっ?!使っていいの??」
「うん、もちろん」
「グラシアス!!」

 英語がさっぱりわからないおじさんと、スペイン語がさっぱり分からない私たちだったが、なぜか言っていること分かるのが不思議だった。

 まだ調査地に着いたわけではないけれど、日本を出てからたった3日で、あまりにもすんなりと南極に到着してしまった。ただ、この間まともに横になってちゃんとした睡眠を取っていない私の身体はなかなかに疲れてくたびれていた。あっという間の移動に驚き喜びながらも、そんなことよりとにかく一晩ゆっくりと横になって眠りたい、というのが正直な気持ちだった。そんな私にとって、チリ基地の2段ベッドは天国のように思えた。

廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
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