第7回 湖底はまるでSFの世界

オーストラリア西岸、シャークベイの浅瀬に並ぶストロマトライト。 ナショナル ジオグラフィック2006年12月号より。 (Photograph by Frans Lanting)

30億年前と同じ生態系?

 約30億年前(ちょっと前までは35億年前と言われていたけれど、今は27億年前だと言われている)、酸素発生型の光合成ができる生物が誕生した。それは限りなくシアノバクテリアに近い生き物で、葉緑体の祖先だと言われている。

 オーストラリアのシャークベイという場所にかの有名な(?)ストロマトライトが現生している。ストロマトライトとは、ドーム形をしたシアノバクテリアの塊。その化石は世界中で見つかっていて、約30億年前に現れ、先カンブリア時代に繁栄していたと考えられている。

 おかげで地球は大量の酸素で包まれるようになった。地球生命史のなかで、かなりのビッグイベントである。ところがその後、酸素を必要とする生物がどんどんはびこり、彼らを食べる生物が出現したために、地球上に広がっていたストロマトライトたちは急激に減少していった・・・らしい。

 分厚い氷で長い間閉ざされ、今現在ひっそりとアンターセー湖の湖底に広がるシアノバクテリアドームの世界。コケどころか藻類さえもほぼ存在しない、シアノバクテリアが支配する生態系。これはまさにストロマトライトが繁栄していた時代の生態系の様子そのものじゃないだろうか。私が思っていた通り、やはりアンターセー湖は地球上で唯一、30億年前の原始の地球の生態系を見ることが出来る場所なのだ。

湖氷の下まで透過する太陽光のスペクトルを測定する。
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湖底の生物群集を採取するためにダイブコンピューターで水深を確認。
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 さて、とにかく私はこのアンターセー湖にやって来て、実際に自分の足で、自分の目で、自分の肌で体感し、今できる限りのことをした。そしてそこから多くのことを見つけ、多くの疑問が生まれ、多くのことを考えた、いや、現在進行形で考え続けている。これから先、私を待ち受けているのは、持ち帰る試料を分析し、データを解析して、この湖底に広がるシアノバクテリアドームの生態系の謎に迫る答えを見つける、というもう一つの冒険だ。それは私の頭の中で繰り広げられる。

 フィールドワークは知的探究心を自らの身をもって表現するものだが、脳内での思考作業はそこで見つけた現象を深く追求し論理的に理解し表現するものだ。自然、それから地球を相手にしたサイエンスではこの二つがあってこそ真理に迫れるんじゃなかろうか。そして何よりもそのほうが格段に面白いしワクワクする。誰も見たことのない世界に行って、誰も見たことのない世界を描き出すのだ。

「ユキコ、お前は昭和基地周辺の湖で初の女性ダイバーだ。でもこれで、アンターセー湖、いや、それどころかDroning Maud Land(南極大陸の5分の1ほどの面積を占める各国の基地が集まるエリア)でも初の女性ダイバーだよ」

最後の潜水調査が終わった夜、ジョニーウォーカーの“Explorer’s club collection”という名前のウィスキーをキッチンテントの中で飲みながらデイルが言った。

 その4日後の2014年12月11日、約1カ月にわたるアンターセー湖での私のキャンプ生活は幕を閉じた。もう1週間も前から体力も気力も消耗しきって疲労のピークに達していた。思い返せば南極入りしてからの1カ月ちょっと、一度もゆっくりと深く眠れた日はなかった。けれど、その心身の疲労は調査の終わりとともに達成感と清々しさに変化していった。

廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
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