第39回 うつ病の足を引っ張る睡眠問題
ここまでうつ病の残遺としての睡眠問題を紹介してきたが、逆に睡眠問題が先行してうつ病のリスクを高めていることも分かってきた。睡眠問題は前から後ろから大変なのである。
うつ病のリスク要因としての睡眠問題について注意を喚起した有名な研究が米国で行われた。約8千名の地域住民を1年間にわたり追跡調査したところ、調査開始時点と1年後の再調査時の両時点で不眠を呈していた人々(慢性不眠群)では良眠できていた人々(良眠群)に比べてうつ病を発症する割合が約40倍も高かったのである。これは非常にインパクトのある結果で大きな話題になった。その後も数々の臨床研究が行われ、現在では慢性不眠がうつ病のリスクを高めることは広く知られるようになった。
この研究ではさらに重要な結果が得られている。調査開始時点で不眠があってもその後に不眠が解消した群(不眠解消群)ではうつ病を発症する割合が良眠群と同程度に低かったのである。この結果は「不眠を放置しない」「果敢に攻める」ことがうつ病の予防にも効果的であることを期待させる。現在、快眠プログラムによる睡眠習慣の改善が中長期的にうつ病の予防に効果があるのか大規模な前向き研究が実施されているので、その成果を期待したい。
このように、睡眠問題、特に不眠症がうつ病に先駆けて出現することが多いという特徴を逆手にとって、うつ病の早期発見に役立てようという試みが内閣府を中心として行われている。初発うつ病の約4割、再発うつ病の約6割において不眠が先行して出現するとされている。
一般的にうつ病では、抑うつ気分や意欲減退などの中核的なうつ症状があっても自覚しにくいと言われている。それに比較して不眠症状は本人も気づきやすく、周囲も問いやすい。また会社勤めの人であれば産業医にも気軽に相談できる。そこで「お父さん、眠れてる?」というキーワードで前駆症状としての不眠に対する気づきを促し、うつ病の早期発見、ひいては自殺予防につなげようという試みである。成果の上がっている地域もある。詳しくは下記サイトをご覧いただきたい。
内閣府:自殺対策「睡眠キャンペーン」
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suimin/index.html
つづく

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(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま かずお)
1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。
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