第38回 不眠症を慢性化させる「3つのP」とは?

図:不眠症の原因となる3つのP(Spielmanらの3Pモデルを改変)(提供:三島和夫)
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 第一のPは「Predisposing factor(素因)」のPである。神経質、心配性などのパーソナリティ、ストレスに対する脆弱性、加齢、性差やホルモン(女性に不眠が多い)など不眠症の罹りやすさに関わる素因(体質)がまず基盤にある。たとえば、慢性不眠症の患者さんは若い頃から「枕が変わると眠りにくい」などの不眠体験を持っていることが多い。

 しかし、1つ目のPだけでは不眠症は発症しない。第二のP「Precipitating factor(増悪因子)」が加わって初めて発症に至る。Precipitatingを日本語にすると増悪、悪化などだが、元々素因として持っていた不眠傾向を悪化させて不眠症に至らせる、といったニュアンスである。当然ながら第一のP(素因)が強い(図中では高い)ほど、軽いストレスでも不眠症に罹りやすくなる。

 この増悪因子がいわゆる「不眠の原因」と呼ばれるもので、人によって内容はさまざま。不眠症患者の数だけ因子があり、しかも1つだけとは限らない。心配事、病気(痛み、痒み、頻尿、うつ病)、薬剤の副作用、アルコールなどが典型だが、先にも紹介したように新しい診断基準では増悪因子の種類は特に問わないことになった。

 この2つめのPまでは多くの人が経験する。これで終われば「短期不眠障害」、いわゆる自然に治る一過性の不眠で済むわけだが、これらに加えて3つめのP「Perpetuating factor(遷延因子)」が登場すると事態はややこしくなる。

 遷延因子とは不眠からの回復力(レジリアンス)を妨げ、睡眠の質を変え、心身の機能異常をもたらし、不眠症を治りにくくさせる。不眠治療に抵抗するラスボスのような存在なのである。遷延因子にもいろいろあるが、代表的なものは「不眠を悪化させる睡眠習慣」であり、その結果生じる「眠りを妨げる生理的変化」である。

「不眠を悪化させる睡眠習慣」とはやたらと早い時間帯から寝ようとしたり、ベッドの中で眠れずに悶々と苦しい時間を過ごしたり、長〜い昼寝をしてしまったりなどの就床習慣のことで、1つ1つが不眠を悪化させる原因となる。慢性不眠症で悩み始めると大部分の人がこのような睡眠習慣に陥ることが分かっている。このような不適切な睡眠習慣や睡眠に関する誤った思い込み(8時間寝るべき、など)を修正する治療法は認知行動療法と呼ばれる。
 
 不眠症が一定期間以上に長引くと、特有な体の変化が生じるようになる。たとえば、交感神経緊張、代謝率の亢進、体温上昇、心拍数増加、ストレスホルモン(コルチゾール/ACTH)の過剰分泌などである。これらの変化こそ「眠りを妨げる生理的変化」であり、覚醒レベルはさらに上昇する悪循環に入る。

 いったんこのような状態になると不眠症が一人歩きを始め、不眠の原因が片付いても治らず、不眠症状は重症化し、睡眠薬も効きにくくなる。不眠症の対処は出だしが大事。素因は仕方がないにしても、不眠の原因となった心配事や痛みや痒みを出来るだけ早めに解決し、それでも不眠が消えないならばかかりつけ医に相談して欲しい。こじらせてからでは不眠症の治りも悪く、睡眠薬も長めに服用する羽目になる。寝酒でごまかすのはもってのほかである。

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三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。