では、ISSやミールで長期間にわたり宇宙空間でのミッションをこなすクルーの睡眠はどうであろうか。これもまた問題が山積している。

 ISS内では電話ボックスくらいの大きさの箱型ベッドで寝袋に入って睡眠をとる。空気を循環させるファンやパソコン用の電源とデータ回線も装備されているため狭いほかに騒音がある。就床時間は形式的にはグリニッジ標準時で21時30分〜6時にかけて8時間半確保されているのだが、先にも書いたようにクルーの勤務状況は過酷であるためフルに睡眠時間を確保できることは少ない。

 また、長期滞在時にも体内時計の調節障害が生じる危険性が報告されている。

 たとえば、ミールに4カ月間滞在中であった42歳の男性クルーの深部体温リズムは、滞在時間が長期になるに従って24時間周期のリズム性が弱まり、また1日の体温の変動幅(振幅)が小さくなるなど脱同調の兆候が出現したと報告されている。同時に睡眠の質や業務時間中のパフォーマンスの低下も認められたという。

 宇宙空間に長期滞在した際に生じる睡眠・生体リズム問題についてはまだデータが少ない。現在もクルーを対象にした調査研究が行われているので、いずれその実態が明らかにされるだろう。

 ISSにとどまらず、今後、火星をはじめ地球以外の惑星へ飛行したり居住したりする時代が来ることは間違いない。人が宇宙空間の環境に生理的に適応し得るのか、健康に生活し得るのか、すでに真剣な検討が始まっている。例えば、光やメラトニンを用いて人の体内時計周期を火星の自転周期(24.6時間)に適応させるためのシミュレーション研究なども実施されている。

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)はISSについてしばしば「極限環境を有したテストベッド」だと表現する。宇宙空間という厳しい環境における医学研究の成果は地球上に住む人々の健康管理に還元できるという意味である。クルーの睡眠や生体リズム調節に関する知見もまた時差ボケや不眠治療に生かすことができる日がくるだろう。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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