第130回 局所睡眠:実はよく使う場所ほど深く眠っている脳

 第66回「眠りながらも目覚めてる!? 半球睡眠とは何か?」でも紹介したが、半球睡眠とは左右の大脳半球が片方ずつ交代で眠る現象のことで、実際に脳波を測ってみると片側は覚醒時の脳波、反対側は睡眠脳波が同時に出現している。半球睡眠をする代表的な動物として渡り鳥、イルカやクジラなどの海洋哺乳類がおり、長時間の飛行や昼夜を問わず定期的に海面に出て呼吸を繰り返すことができる。もちろん半球睡眠はRechtschaffenとKalesらによる従来の睡眠(脳波睡眠)の基準では定義できない。

 最近ではさらに脳の小さな局所で睡眠状態の深さに差があることが分かってきている。覚醒中に脳の局所を使うようなタスクをかけると、当日夜の睡眠中にその脳部位がより深く眠るという現象が発見され、これまでの「全脳的な睡眠」に対して「局所睡眠(local sleep)」と呼ばれるようになった。

(イラスト:三島由美子)
(イラスト:三島由美子)
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 例えば、移動する標的を狙い撃ちするシューティングゲームを集中的に訓練すると頭頂葉をよく使うのだが、当日夜の睡眠中にその部位に深いノンレム睡眠(徐波睡眠)が増加するのである(より正確に表現すると深いノンレム睡眠に特徴的な4Hz以下の徐波が増加する)。また、覚醒中に片方の腕に振動を長時間与えると、やはり頭頂葉の一部で徐波睡眠が増加する。振動覚や触覚、痛覚などは体性感覚と呼ばれ、頭頂葉にある体性感覚野が司っているからだと考えられてる。

 逆に覚醒中に脳を使用しないと睡眠が深まらないという現象も知られている。例えば、片方の腕を固定して動かないようにすると、腕の運動や感覚を司る感覚運動野と呼ばれる脳部位で徐波睡眠が減少する。

 これらの局所的な現象は従来の睡眠ポリグラフ検査では捉えることができない。なぜなら脳波を「6カ所」でしか測定していないため、「全脳的に」睡眠の深さを判断するしかないからである。局所睡眠の研究では脳全体を覆うように256カ所で脳波を同時測定し、一つ一つの電極で測定された脳波の周波数や、それが脳のどの部位から発生したのか詳細な解析を行う。これだけ多数の電極を頭皮に貼り付けながら眠らせるにはかなりのテクニックを要するほか、解析にも時間がかかる。そのため、通常の臨床や研究では6カ所の脳波で「ざっくりと」睡眠を評価しているのである。

 覚醒している間によく活用した脳部位では深い睡眠が増加し、逆にあまり使用しなければ深い睡眠が減少するという現象は睡眠が脳の疲労回復手段と考えると理解しやすい。睡眠を介した心身の回復過程は睡眠恒常性と呼ばれる。

 もともと睡眠恒常性とは、睡眠不足が溜まると週末に寝だめをしてしまうように、正常な睡眠状態に戻る復元力を指していた。その後、睡眠によって調整、修復されているさまざまな生体機能の正常化(ノーマライゼーション)を広く意味するようになった。例えば、睡眠中に血圧が下がり心臓や血管への負担を減らす、放熱して脳を冷やす、血糖をコントロールする、気分を安定化させる、などの役割が知られている。

 睡眠恒常性の概念は全脳的な睡眠から局所睡眠へ、そして細胞レベルへと深化している。例えば、睡眠には不要な記憶をそぎ落とし(刈り込み)重要な記憶を固定化する機能が知られていたが、この記憶の効率化は局所の細胞レベルで行われていることが明らかになってきた。深いノンレム睡眠に特徴的な徐波と同じ4Hz以下の電気刺激を海馬など記憶を司る脳領域の神経細胞に与えると、長期記憶に必要なシナプス(神経細胞間の連絡路)の形成が促進される。このシナプス可塑性と呼ばれる現象と局所の睡眠脳波活動の深い関係も局所睡眠による睡眠恒常性の一側面と言えるだろう。

 古来、睡眠とは「周期的に意識が無くなる状態」「脳が休んでいる状態」として認識されてきた。しかし今回紹介したように脳の睡眠の取り方は一様ではない。また、私たちが目覚めていると自覚していても一部の脳が睡眠状態にあったとしても不思議ではない。睡眠とは何か? 目覚めているとは何か? 今後の脳科学の発展次第によっては、現在の脳波睡眠からその定義も進化するかもしれない。

つづく

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三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。