第130回 局所睡眠:実はよく使う場所ほど深く眠っている脳
「睡眠とは何か?」
「睡眠とは眠っている状態のことだ、当たり前だろう」という声が聞こえてきそうだが、「眠っている状態」を科学的に定義できるようになったのは脳波の発見以降で、近代科学史の中でも比較的最近のことである。
現在の脳科学では睡眠は「全脳的な脳波の周波数と波形」で定義されている。しっかりと覚醒している状態から深く眠っている状態まで脳波の周波数は段階的に遅くなり 、その途中で幾つかの特徴的な波形の脳波が出現することが明らかとなった。1968年にRechtschaffenとKalesらがそれら脳波の周波数や波形の組み合わせで睡眠と覚醒の区別や睡眠の深さを判定するルールを提唱し、現在でも世界中で広く使われている。そのため、脳波で定義された現在の睡眠は脳波睡眠とも呼ぶ。詳しくは第34回「睡眠の定義とは何か?―「脳波睡眠」という考え方」で紹介したのでご興味があればお目通しいただきたい。
さて、睡眠の定義にわざわざ「全脳的な」と但し書きがついているのはナゼか? 逆に「全脳的じゃない睡眠」というものがあるのか? それが今回のテーマである。
人や動物の脳は膨大な数の神経細胞からなり、神経細胞が活動する際に電流が細胞中を流れる。脳から生じるこの電気活動を頭皮上に置いた電極で記録したのが脳波である。一つ一つの神経細胞から出る電気活動は微弱であるため頭皮上から測定できないが、それが何万、何十万も重なることで測定できるレベルまで増幅される。つまり脳波は多数の神経集団の活動全体を反映していると言える。
脳波が発見されたのは1930年頃だが、そのわずか数年後には睡眠中の脳波活動の特徴が報告されている。その後、睡眠脳波の測定に関する基本ルール、例えば脳波の測定部位や、脳波と同時に測定すべきその他の生体指標などが決められ、現在の睡眠ポリグラフ検査のマニュアルが完成した。睡眠ポリグラフ検査では、脳波、眼球運動、心電図、筋電図、呼吸状態などを一晩にわたって測定して睡眠の深さや長さを客観的に評価することができ、研究だけではなく睡眠障害の診断に欠かすことができない検査になっている。
睡眠ポリグラフ検査では、左右の頭頂部、後頭部の合計6カ所で脳波を測定する。たった6カ所で脳の神経活動が分かるのか不思議に思う人がいるかもしれない。睡眠の神経メカニズムについては第35回「感染症研究が切り開いた睡眠科学」でも解説したが、脳の深底部(脳幹部)から脳の一番表面にある大脳皮質に拡がる多数の覚醒系神経回路(覚醒を促す神経回路)が活発になれば覚醒し、それが抑えられれば睡眠状態に入る。そのため代表的な大脳皮質領域に近い頭皮6カ所の脳波を測定すれば、我々が意識のない睡眠状態に入っているのか、それとも外界を認識し思考できる覚醒状態にあるのかを大まかに知ることができる。従来行われてきた多くの睡眠研究や診療ではそれで事が足りていたのである。
ところが睡眠科学の進展によって睡眠と脳機能との関連について理解が深まるにつれて、「全脳的な」睡眠判定では説明が難しい現象が見つかってきた。その代表が「半球睡眠」である。
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