アルツハイマー病の病因として有名なアミロイド・カスケード仮説によれば、アミロイドβはすでに40代から蓄積し始め、その後順次、細胞の変性、脳の萎縮、記憶力の低下がなどの症状が出現し、60代以降に認知症を発症するという。つまり、アルツハイマー病と診断された段階では目一杯アミロイドβが蓄積して神経細胞にすでに大きなダメージを引き起こしているため、その段階から新薬でアミロイドβの蓄積を減らしても症状の改善はおろか、病状の進行を抑えることも至難の業なのである。

 そのため、今やアルツハイマー病の新薬開発では、症状が出る前の未病段階のリタイア世代や、遺伝的にアルツハイマー病を発症する家系のメンバーなど、ハイリスク者だが「まだ余力がある」段階に治験のターゲットが移行している。そのうちに赤ん坊のうちにアミロイドβの過剰蓄積を抑えるワクチンでも接種するようになるのではないかという笑い話もあるが、そのような「超早期対策」もあながちあり得ない話ではないような気がする。

 翻って睡眠不足や不眠と認知症リスクの関係を考えてみても同じ事が言えるだろう。すでにアミロイドβで満杯近くになったタンクにこれ以上溜め込まないためにも、グリンパティックシステムが効率的に働けるように睡眠をしっかりと確保することは悪いことではない。ただし、しのぎを削って開発された新薬を凌駕するようなアミロイドβの蓄積を抑える効果を短期的に期待するのは現実的ではない。

 むしろ、冒頭で紹介した快眠法には新薬に勝る別の大きなアドバンテージがある。「無料で」「病院に行かずに」できるお手軽さ、である。そしてそれを実践すべきは40代、50代の働く世代の人々である。20代や30代も睡眠不足ではあるが、さすがに認知症予防には関心が無いだろう。一方、40代に入ると深い睡眠(徐波睡眠)が減少するなど睡眠の質の低下を自覚するようになり、また仕事や家族サービスなどで睡眠不足にも陥りやすい。記憶力にも若干自信が無くなってくるので認知症予防というキーワードも心に響くのではないだろうか。

 快眠法の中から1つでも2つでもできることから始めて、40代、50代から根気強く睡眠貯蓄をしておけば、アルツハイマー世代になってドーンと還元されると思うのだが如何だろうか。「後の祭り」にならぬよう「転ばぬ先の杖」で参りましょう。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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