第61回 脳の掃除は夜勤体制

短時間睡眠や睡眠不足などがアルツハイマー病の発症リスクを高めることがわかっている。(イラスト:三島由美子)
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 脳内の細胞には大きく分けて神経細胞とそれ以外の細胞(グリア細胞)の2種類がある。グリア細胞は神経細胞の栄養補給や脳のバリア機構などさまざまな役割を担っている。脳は神経細胞とその隙間を埋めるグリア細胞、血管などでみっちりと埋め尽くされている。細胞間の隙間が狭いため体液(脳脊髄液)の流れも緩慢で、老廃物を押し流すには不十分と考えられていた。ところが驚くべきことに、睡眠中にグリア細胞が縮むことで神経細胞の周囲に「大きな隙間」を作り出していることが分かった。

 グリア細胞は神経細胞の間を埋めるだけではなく、ある種の突起を延ばして脳内の動脈の周囲を包み込み、血管の外側に狭い隙間を作る。脳脊髄液はこの隙間を伝って脳の細部に入り込み、神経細胞の周囲にリンパ液として滲み出す。先に書いたように睡眠中に神経細胞の周囲の空間が拡がる結果、神経細胞を洗い流すリンパ流は大幅に増加し、昼間よりも効率よく老廃物を回収できるようになる。老廃物を含んだリンパ液は今度は静脈に沿って脳外へと運び出される。

 どのようなメカニズムで睡眠中にグリア細胞が縮むのか、人でも同様なグリンパティックシステムが働いているのかなど解明されていない点も多いが、傍証は次々と見つかっている。例えば、さまざまな免疫細胞がグリンパティックシステムを利用して脳内を活発に移動している様子も明らかにされた。また、つい先日開催された欧州睡眠学会では、核磁気共鳴画像法(MRI)を用いて研究によって、人の脳内でも部位によっては脳脊髄液量(すなわち隙間の大きさ)が大きく日内変動していることが確認できたと報告された。

 人にもグリンパティックシステムによる排水システムがあると考えれば理解しやすい臨床データが幾つもある。認知機能障害のない(認知症をまだ発症していない)中高年を対象にしたある調査では、睡眠の質が低いほどアミロイドの脳内蓄積が多いことが明らかになっている。アミロイドの蓄積が疑われる人の割合は、睡眠効率(就床時間のうち実際に眠っている時間の割合)が89%以上のグループでは10%ほどであったのに対して、75%未満のグループでは40%以上に達していた。睡眠効率が低いグループでは将来的にアルツハイマー病の発症リスクが高いといえる結果である。

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