第82回 枕が変わると眠れない、意外と大きな影響と対策

 生体警告系は脳だけではなく体全体で作動する。周囲の物音、風景、臭いなどから危険を察知すると、心拍数や血圧が上がり、体温が高まり、ストレスに抵抗するためのホルモン(副腎皮質ホルモンなどのいわゆるストレスホルモン)が分泌されて、いつでも「闘うか、逃げるか Fight-or-Flight」を決めて即座に行動に移すことができるように準備を整えるのである。

 同じ強さのストレスを受けても、生体警告系の反応の大きさは個人によって大きく異なる。人によっては比較的小さな環境変化でも不安が高まり、心拍やストレスホルモンの反応が大きく、かつ長引くことがある。そして、このような生体警告系の反応が大きな人ほどしばしば「枕が変わると眠れない」という経験をするのである。

 枕が変わらずとも毎日のように眠れない慢性不眠症の人では、先に挙げた生体警告系の活動が常に高まった状態が続いている。特に、ストレスホルモンである副腎皮質ホルモン(コルチゾールとも呼ばれる)はそれ自体が脳を覚醒させる効果を持っているため、夜間に分泌量が増加することでさらに不眠症状を悪化させる悪循環に陥ってしまう。

 そして最大の問題は、生体警告系の働きが不眠を招くだけではなく種々の心身の健康を損ねる原因ともなる点である。例えば長期間にわたって副腎皮質ホルモンの分泌過多が続くと、脳内の気分調節を司る神経機能を障害するため抑うつ気分が生じやすくなる。過去の数多くの研究から慢性不眠症があるとその後にうつ病に罹患するリスクが2倍以上に高まることが明らかになっているが、このような生体警告系の過剰な活動がその一因であると考えられている。

 慢性不眠症まで至らなくとも、「枕が変わると眠れない」程度でも心身の健康を損ねるリスクが高まるという気になるデータがある。

 例えば、米国の名門ジョンズ・ホプキンス大学の医学生1053名の健康状態を34年間にわたって追跡した研究がある。その結果、学生時代(おおむね20代)から不眠症があった学生はよく眠れていた学生と比べてその後にうつ病になるリスクが高いことが確認されている。ここまでは従来の報告通り。

 この研究で注目されたのは、不眠症の診断基準には当てはまらないが、ちょっとしたストレスで眠れなくなることがある学生もまた、うつ病になるリスクがやはり高かったのである。このような学生は、日常で遭遇する些細な出来事で生体警告系が活発になり、気分調節へのダメージがボディーブローのように蓄積するためだろうと考えられている。

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