第35回 感染症研究が切り開いた睡眠科学
トップバッターはアフリカ睡眠病である。有名なツェツェバエを介してトリパノソーマという寄生虫が人に感染して発症する。現在でも年間5万人以上が感染し、うち3万人が死亡している。最も強力な治療薬はヒ素だが副作用のために死亡する危険性が高い。ほかに特効薬もなく今でも治療薬の開発が続けられている。
アフリカ睡眠病の感染初期は発熱や頭痛など一般的な感染症症状がみられるが、徐々に睡眠・覚醒リズムが乱れるようになり、進行すると嗜眠(しみん:朦朧として眠り続ける状態)に陥るのが特徴で、そのまま名前の由来にもなっている。トリパノソーマが睡眠病を引き起こす原因は現在でも完全には解明されていないが、どうやらこの寄生虫は自ら催眠物質を作り出す、もしくは人体に産生させるらしい。
たとえば、トリパノソーマはトリプトフォールというアルコールの一種を産生することが分かっている。寄生虫から放出されたトリプトフォールは脳に到達し睡眠を誘発する。自ら産生した物質で寝込んでしまわないのが不思議である。寄生虫界の酒豪と言ったところだろうか。
また、PGD2(プロスタグランジンD2)という催眠物質もアフリカ睡眠病に関わっている。PGD2は健康な人の脳内にも存在し睡眠を誘発する。アフリカ睡眠病に罹患した患者の脳脊髄液中ではこのPGD2の濃度が著しく高くなっているという。
余談になるが、シマウマのシマ模様はツェツェバエを寄せ付けないために進化の過程で獲得したと主張する研究者もいる。ツェツェバエは縞模様を嫌うという研究報告もある。トリパノソーマは人獣共通して感染する寄生虫でウマにとっても脅威なのだが、アフリカに生息する他のウマ科動物に比べて、シマウマはアフリカ睡眠病にかかりにくいことが知られている。
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