第35回 感染症研究が切り開いた睡眠科学
さらに重篤な感染性睡眠病がある。その名も「致死性家族性不眠症」。名前の通り、いったん発症したら半年から数年で100%死亡する恐ろしい感染性睡眠病である。ダニエル・T・マックスの『眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎』(柴田裕之訳、紀伊國屋書店)でご存じの方もおられるかもしれない。
致死性家族性不眠症はプリオン蛋白を作る遺伝子に変異が生じ、異常プリオン蛋白が脳内に蓄積して神経の変性を引き起こす「遺伝病」である。これまでに世界で数十家系、日本でも数家系が報告されている。ただし、異常プリオンは正常プリオンを異常型に変換してしまうため、プリオン遺伝子異常を持たない人にも感染する可能性がある。詳細は割愛するが感染メカニズムが通常の細菌やウィルスと異なるため、感染性ではなく「伝達性」と呼ぶべきだという研究者もいる。
発病後間もなくから極度の不眠症状が出現し、徐波睡眠(深い睡眠)は消失する。残念ながら治療法はなく、徐々にさまざまな神経症状、運動障害が現れ、最後には重度の認知症の状態に陥って死亡する。
致死性家族性不眠症以外にも異常プリオン蛋白が原因となる病気が幾つか知られていて「感染性海綿状脳症」と総称される。感染すると脳が空洞だらけになり、その様がスポンジ(海綿)と似ていることからこの名が付いた。
異常プリオン蛋白が原因となるその他の病気としては「狂牛病」が有名である。もともとはウシの病気なのだが感染牛肉を食した人にも二次感染した(クロイツフェルト・ヤコブ病)ことから大騒ぎになった。輸入牛肉が社会問題になったのは、はや10数年前のことである。羊も感染性海綿状脳症にかかることがあり、スクレイピーという別名もついている。
ここまで感染症による珍しい睡眠病を2つ紹介したが、最後に感染性睡眠病の研究から睡眠科学が飛躍的に進展した例を紹介しよう。それは睡眠科学を勉強した人間であれば知らぬ者はいない嗜眠性脳炎(眠り病)である。
「睡眠の都市伝説を斬る」最新記事
バックナンバー一覧へ- 第136回 目覚めに混乱や絶叫など、大人でも意外と多い「覚醒障害」
- 第135回 年を取ってからの長すぎる昼寝は認知症の兆候の可能性
- 第134回 睡眠中に心拍数や血圧、体温が乱高下する「自律神経の嵐」とは
- 第133回 朝起きられないその不登校は「睡眠障害」?「気持ちの問題」?
- 第132回 「睡眠儀式」が子どもの寝かしつけに効くワケ
- 第131回 左脳は「夜の見張り番」、“枕が変わると眠れない”わけ
- 第130回 局所睡眠:実はよく使う場所ほど深く眠っている脳
- 第129回 睡眠を妨げる夜の頻尿、悪循環しがちな理由と対処法
- 第128回 「起きるか眠るか」のせめぎ合い、どのように軍配が上がる?
- 第127回 うつが「夜型生活」の避けがたいリスクである理由