第35回 感染症研究が切り開いた睡眠科学

 第35回のテーマを決めておおむね下書きが出来たところで、今年のノーベル生理学・医学賞を北里大学の大村智特別栄誉教授が受賞したという吉報が飛び込んだ。日本人として誇らしいのと同時に、受賞理由が感染症、しかも寄生虫病の治療薬の開発というある意味「地味な」分野であったことに良い意味で驚いた。

 最近の生理学・医学賞は分子生物学の先端技術を用いた華々しい研究に与えられることが多い。最先端の施設や多くのスタッフを必要とするビッグサイエンスが幅をきかせている。これは物理学賞や化学賞も似たような状況だと思う。それだけにこつこつと地道な努力を続け、静岡県「伊東市川奈のゴルフ場の土」にいた菌から寄生虫病の画期的な治療薬を発見したなどという家内工業的な研究のサクセスストーリーにある種のロマンというか爽快感を覚えるのは私だけではないだろう。

 ということで、今回は急遽、テーマを「感染症と睡眠」に変更した。かなりこじつけ気味であるが、〆切りが迫る中、私なりに大村博士の業績に敬意を払っての「決断」である。

 さて、プレス発表などを読むと、大村博士の最大の功績は殺虫作用のあるアベルメクチンの発見と、その誘導体であり寄生虫の治療薬(抗寄生虫薬)として広く用いられているイベルメクチンの開発ということだ。これらの薬剤は当初家畜の抗寄生虫薬として使用されていたが、その後、ヒトの熱帯病にも効果があることが分かったという。

 イベルメクチンが奏功する感染症として河川盲目症、象皮病、疥癬(かいせん)などが挙げられる。河川盲目症は回旋糸状虫という寄生虫がブユ(ブヨ)を介して人に感染して発症する。主として皮膚に感染するが寄生虫が眼に達すると失明することもある。象皮病はフィラリアという寄生虫がリンパ節やリンパ管の炎症を引き起こす病気だ。強いむくみが特徴だが、進行すると皮膚の組織が増殖して象のような硬い皮膚になることから命名された。

 私もこの2つの寄生虫病は教科書でしか見たことがないが、疥癬は今でも病院内などで発生することがある。ダニが原因で起こる酷い痒みを伴う感染症で、私自身も担当患者の治療に追われた経験がある。「ん? イベルメクチンが疥癬にも効く?」 この原稿を書いていてふと気づき、慌ててそのときに使用した薬剤(商品名)を調べてみたら、なんと化学名がイベルメクチンであった!お恥ずかしい限りだが、自分の専門外だと治療薬の商品名を知っていても化学名を知らないことがある。私自身も知らぬ間にノーベル賞受賞研究の恩恵を受けていたのであった。

 さて、今回のテーマである感染症によって引き起こされる睡眠病についてご紹介しよう。

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