第60回 “睡眠によい食べ物”のウソ

 効果は十分ではないが、少しでも効果があるのではないか、日々食すればいずれ効果が現れるのではないか、と質問されることもある。実際、食品や栄養素の中には長期摂取である種の癌や生活習慣病のリスクを高めたり、抑えたりするものがある。

 しかし、睡眠についてはそのような中長期的な効果が実証された食品や栄養素は、私の知る限りない。なぜなら一般的には、特定の栄養素の作用が、その晩のうちに、ある一定レベル(閾値と呼ぶ)を超えないと快眠効果を実感できないからである。睡眠への作用を翌日に持ち越す(貯金する)こともできない。一晩ごとの短期決戦なのである。

 食事と睡眠の関係の難しさを示す典型的な一例がある。催眠作用を持つメラトニンというホルモンがある。メラトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸で、私たちはそのすべてを食事から摂っている(体内で作られないため必須アミノ酸と呼ばれる)。そのためか、最近、トリプトファンを含む食材をたくさん食べればメラトニンが大量に作られて睡眠が改善するという記事をよく見かける。

 一見すると原料のトリプトファンを多く摂るほど芋づる式にメラトニンが増えそうだが、実はそんなことはない。タネを明かすと、トリプトファンからすぐメラトニンが作られるわけではないからである。メラトニンの直接の原料は(うつ病などとも深い関わりのある)セロトニンという脳内の神経伝達物質である(第14回「もっとバナナ を! 冬季うつの自己治療」)。つまり、トリプトファンがセロトニンになり、次にメラトニンを作るという2つのステップが必要なのだが、セロトニンからメラトニンを作る酵素は普段から目一杯働いていて余裕がない。したがって、さらにトリプトファンを大量に摂っても、メラトニンはそれ以上増えたりしない。原料がいくらあっても工作機械がすでにフル稼働中で余力がないのだ。

 このように、「睡眠によい〇〇成分が含まれている果物」なんて銘打っていても、人で十分な効果を出すには本当は毎晩ダンプカー1台分食べないとダメ、大量に食べてもほとんどは利用されずに排泄されてしまう、なんて事例がネット上には満ちあふれているのである。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。