第60回 “睡眠によい食べ物”のウソ

 さて、なんとかうまい手を使ってカナッペ自体に効果があると判明したとする。食品会社としてはそれでOKだが、研究としてはそこで留まるわけにはいかない。ところが、カナッペのどの成分に睡眠改善効果があるかを明らかにするのはさらに大変なのである。

 クラッカーには小麦粉、植物油脂、砂糖、食塩、その他もろもろ、チーズにもさまざまなアミノ酸、脂肪酸、ミネラルなどが含まれている。個別の栄養素について動物などを使って睡眠への作用を見る気の遠くなるような作業が続く。それでも研究者や企業が頑張れば不可能ではない。実際、果物や植物、酒粕などさまざまな食材から睡眠の改善効果のある物質を抽出した成功例は、それなりにある。

 私のところには「ある抽出物質を動物に投与したところ睡眠時間が延びた、睡眠リズムが変化した」などという自社データを持って企業が訪れることがある。実験結果を踏まえて、人でも効果があるか調べたいのでどうすればよいか、という相談である。

 カナッペとは違い、効果のある成分を抽出しているのでプラセボも用意したしっかりとした臨床試験ができるのだが、期待に反して人では効果が認められないことも少なくない。むしろそちらの方が圧倒的に多い。

 失敗の原因はさまざまだが、一番大きな理由は、プラセボ効果が大きいことである(参考:第11回「睡眠薬の効果は4階建て ー偽薬、侮り難しー」)。プラセボ効果を上回るには、その抽出成分がかなり強い作用を持っている必要があるが、普通の食物にそのような強力な催眠作用を持つ成分が含まれていることは少ない。含まれているとすれば食材としては不向きだろう。

 そのため、動物に大量に投与すれば効果はあるが、人体に悪影響をもたらさない程度の分量では効果が不十分という結果になりがちなのである。そのような栄養素はかなり多くあるが、しかし教科書に記載するほどのエビデンスにはならないのだ。

次ページ:ダンプカー1台分食べられますか?