第60回 “睡眠によい食べ物”のウソ

 一口に「食」といっても科学的に紐解くのはとても難しい。まず、食べる(飲む)という行動自体がとても複雑である。食べるためには目覚めて食事の準備をしなくてはならない。(夜であれ)光も浴びるし、体も動かす。食行動は味覚や視覚、条件反射などを介して感情も動かす。感情が刺激されれば当然ながら睡眠に影響する。

 実際に食すれば血糖値が上昇し、腸管は押し広げられ、それらが刺激になって副交感神経が活性化される。副交感神経が活発になると放熱が進んで脳温が低下することで眠りやすくなる(参考:第6回「お風呂で快眠できるワケ」)。

 これら一連の生体反応の大部分は食品の種類にかかわらず生じる「非特異的反応」と呼ばれる現象であって、特定の食材や栄養素の作用ではない。「食」による睡眠調節があるとしても、案外、この食べるという行動(とそれに伴う非特異的反応)自体が一番強く睡眠に作用している可能性がある。つまり、どのような食品でも一定の効果があるのかもしれない。

 ちなみに、満腹になれば腸に血液が集まるため脳血流が少なくなって眠気が出る、などという説もあるがこれは眉唾だ。そもそも簡単に脳血流が減少しては命に関わるため、急激に変動しないように調整するメカニズムがある。食後に血糖値が上昇すると、脳内の覚醒ホルモンであるオレキシンの分泌が低下するという動物実験の結果があり、こちらの方が科学的にみて可能性が高そうだ。

 ところで、私は最近チーズにハマっている。クラッカーやフランスパンにチェダーチーズなんぞを乗せたカナッペがお気に入りで、寝る間際に読書をしながら堪能している。小太り中年としてはやってはいけない悪習慣だが小腹も満ちてグッスリ眠れる、ような気がする(あくまで個人的な体験でエビデンスはありません)。

 例えば、カナッペが睡眠に作用しているか調べようと思えば、先の「食べるという行動」の影響をさっ引く必要がある。しかしこれが難しい。カナッペを食べずにカナッペの効果を調べられるはずがない。カナッペの栄養素を全部取っ払った「カナッペもどき」を食べさせて、本物のカナッペの効果と比較すればよいのだが、そのような類似品があるわけない。

 奥の手として胃チューブで直接カナッペを胃に流し込んでやれば食べた人はホンモノかもどきか分からない。特殊な医学実験ではそのような方法を使うこともある。しかし、食品会社がそこまでやるか。そのようなカナッペの食べ方(もはや摂取と呼んだ方がいいが)で効果を実証しても、消費者にアピールするどころか思いっきり引かれてしまいそうだ。

 ちょっと熱くなってしまった。一息入れよう。

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