第108回 人はなぜ夢を見て、そして忘れてしまうのか

【動画】「夢を見ながら体色を変化させるタコ」

 レム睡眠が情動や記憶と連動することには何か意味があるのだろうか? レム睡眠は、覚醒中に体験した事柄の中で覚えておく必要の無いものを消去したり、記憶に伴う過剰な情動を弱めることに一役買っていると考える研究者がいる。DNAのらせん構造の発見者の一人であるフランシス・クリック(1916年〜2004年)は最初期にレム睡眠による記憶処理仮説を提唱した一人である。

 ごく最近、名古屋大学の研究グループが、クリックの仮説を支持する発見をした。マウスの脳内にある「メラニン凝集ホルモン産生神経」と呼ばれる神経細胞群がレム睡眠中に記憶を消去していることを明らかにしたのである。この神経細胞には、覚醒中のみ、レム睡眠中のみ、覚醒中とレム睡眠中の両方、で活動する3種類あることがわかり、レム睡眠中のみに活動する神経群を活性化させると海馬の働きが抑制され、覚醒中に獲得した恐怖記憶が消去されたのである。

 この研究をはじめ、今でこそ睡眠と記憶の関係はよく知られるようになったが、クリックが上記の説を提唱したのは1983年、今から40年近くも前のことである。実に慧眼、大研究者の面目躍如と言ったところである。記憶能力(シナプス結合の密度など)には限りがあるため、何らかの方法で記憶の取捨選択(記憶の刈り込みとも呼ぶ)が必要であることは間違いないので、現在ではクリックの仮説を支持する研究者は多い。とすれば朝起きて覚えている夢は処理しきれなかった記憶の残渣であるのかもしれない。「夢を見ない」人は効率よく記憶を消去して翌朝に持ち越さない勝ち組?

 最近、タコが夢を見ながら体色を変化させていると銘打った映像がYoutube に公開された。タコが本当に夢を見ているのか知るよしもないが、めまぐるしく体色が変わる様子を見ていると、何となく不安げな、時には怒ったような夢を見ているように感じられるから不思議だ。思わず感情移入して、レム睡眠が終わったら嫌なことは忘れてスッキリと目覚めて欲しい、と願ってしまった。よかったら一度視聴してみてください。

つづく

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三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。