第108回 人はなぜ夢を見て、そして忘れてしまうのか
古来、「夢」は主に霊やお告げなど宗教的な視点から語られ、その中では夢は神や自然など外部から与えられる体験だと信じられていた。夢が自身の精神機能(精神状態)と関連して内生的に生まれる現象であることを人々に広く知らしめたのは、精神分析の創始者であり神経科学者としての素養もあったジークムント・フロイト(1856年〜1939年)である。フロイトによれば夢は抑圧された願望の無意識的な発露であり、その暗示を読み解き、抑圧から解放することで、本人も自覚しないストレスに起因する種々の心身症状が治癒し得る(ケースがある)ことを示した。
その後の脳科学の進歩につれて、夢の解釈(夢判断)による治療は科学的根拠に乏しいという批判が高まり、汎用性(多くの患者に効果がある)や再現性(同じ治療法を行えば同等の効果が得られる)も十分に実証されていないこと、簡便な手法ではないことなどの理由から、現在の精神医療の中ではほとんど行われることはない。とはいえ、夢を脳科学的に扱い、夢と精神機能、特に記憶や情動との関連に科学的な光を当てたフロイトの功績は大きい。
本コラムを愛読していただいている読者であればよくご存じだろうが、夢の多くはレム睡眠中に見る。レム睡眠中に被験者を起こすとかなりの高率で直前まで鮮明な夢を見ていたことを思い出せる。レム睡眠は睡眠開始後に約90分周期で出現し、一晩に4、5回ほど繰り返す。明け方になるほどレム睡眠は長くなり、鮮明でストーリー性のある夢を見やすい。フロイト好みの夢とでも言おうか。一方で、ノンレム睡眠中にも夢を見ることがあるが、ぼんやりとした曖昧な内容の夢が大部分である。ここら辺は第16回「「夢はレム睡眠のときに見る」のウソ」で詳しく解説したのでご参照いただきたい。
ちなみに、「夢を見る」と表現するように夢は視覚体験が中心であるが、それには理由がある。少し堅い話になるが、レム睡眠時には、脳の下部に存在する「脳幹」と呼ばれる部位から視覚に関わる大脳皮質を活性化する神経刺激が発せられることが確認されているのだ。
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