診断基準上の不備があるとすれば、睡眠不足による症状が眠気に限定されている点である。これは従来から論議されてきたのだが、先に挙げたような倦怠感や消化器症状などその他の症状は、眠気に比べて出現頻度や症状の出方に個人差が大きいため、あえて例示していない。一方で、毎日のように眠気があると慣れてしまい自覚できなくなる場合がある。そのため、この診断基準では不十分だとする意見もある。

 睡眠不足症候群に陥りやすい睡眠時間を数値で示せない点も、この病気の診断を難しくしている。「同年代の平均的な睡眠時間よりも実際に短時間睡眠であることが確認される」とされているが、必要時間が長い人(長時間睡眠者)では8時間以上眠っても睡眠不足に陥ることがある。個人の睡眠不足度を数値化する方法があればよいのだが、想像以上に難しく、実用化に至っていない。ここら辺の話題は、私の過去のチャレンジも含めて第4回「譲れない眠り、「必要睡眠量」を測る」で解説した。

 それにしても、なぜ日本人は睡眠不足を繰り返し、ましてや自慢までするのであろうか。確かに、がんや生活習慣病とは症状の深刻度は異なるが、睡眠不足も立派な病気である。慢性的な睡眠不足が生活習慣病や認知症のリスクを高めることはこのコラムでも何度か取り上げてきた。働き方改革の中では、眠ってない、こんなに頑張っているアピールは褒められることも少なくなり、むしろ欧米のように“要領の悪い人”扱いされるようになってきたのはいい傾向だ。

 日中の強い眠気に悩んで来院する患者さんの原因の中で、最も多いのがこの睡眠不足症候群である。睡眠時間が確保できない理由を聞くと、長時間勤務や長距離通勤、その他のやむを得ない事情を抱えている人は、実は少数派である。多くは趣味やスマホ、ネットなどで睡眠時間を削っている。

 第72回「睡眠時間は固定費です 人は何時間眠ればいいのか」でも解説したが、睡眠時間は私たちの健康を保つ上での「固定費」である。「固定費」とは、家賃や光熱費など生活上削ることが難しい出費のことである。これに対して、交際費、被服費、レジャー費などは「変動費」と呼ばれ、不要不急であれば削ることのできる出費である。

 やりたいこと(変動費)を削ってでも睡眠(固定費)をしっかりと確保できるかは、その人の価値観による。でも睡眠不足で体を壊して余計な出費が増えないように注意してもらいたいものだ。

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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