第59回 【悲報】長年連れ添っても夫婦の睡眠習慣は似ない
一方、覚醒時刻に最も強く影響したのもやはり「自分自身のクロノタイプ」であった。覚醒時刻については「性別(女性が早起き)」と「相手の覚醒時刻」もある程度影響していた。
入眠時刻と異なり、覚醒時刻に女性であることと相手の覚醒時刻が影響したのは、覚醒時刻は目覚ましや出社時刻などで人為的に操作されやすいためである。妻が夫の朝食や弁当作りのために早起きをする、などはその典型である(女性が食事を作るべきだと考えているわけではなく、調査結果がそうなので・・・念のため)。
しかし、やはり覚醒時刻に最も大きな影響を及ぼすのは自分自身のクロノタイプであった。甲斐甲斐しく早起きをしている妻も、必ずしも楽々起きているわけではない。夜型傾向が強い人の場合、早起きした分だけ早寝できるわけではなく、睡眠時間は短くなりがちだ。寝不足を溜め込んで週末はブランチでごまかすことになる。
かくも個人の睡眠習慣というのは体質によって強く決定されており、いくらおしどり夫婦でも睡眠習慣は似たもの夫婦にはならないのである。
私がこのような研究を行うきっかけになった患者さんがいる。うつ状態で精神科外来を受診してきた主婦の方である。問診の結果、ご本人が悩んでいたのは夫婦間の性格の不一致ならぬ「生活時間の不一致」であった。
公務員のご主人は夕方に帰宅すると食事もそこそこに20時過ぎには寝てしまい、朝3時には起床するのである。結婚当初は頑張って夜も付き合ってくれたが、よほど辛いらしく、結婚10年目ともなれば自分の体内時計に忠実に従う生活に戻ってしまった。
結婚後に同居して分かったのは、義父も同様に「超」早寝早起きであること。いや、順番が逆で、超朝型体質は父親から遺伝したようなのだ。そしてあろうことか、生まれてきた2人の子供もさらに輪をかけた超朝型であることがわかってきた。下の妹は生まれてこの方、朝に起床の声かけをしたことがないという。幼稚園に入る頃には朝5時前から自分で起きてきたというのであるから、大変な朝型である。
このご家族のように、極端な朝型睡眠パターンが複数世代にわたって性別を超えて遺伝(常染色体優性遺伝)する睡眠障害は「家族性睡眠相前進症候群」と呼ばれている。時計遺伝子の一部に突然変異が生じることで発症する。このご家族は日本で初めて見つかった家族性睡眠相前進症候群であるが、奇しくも発症したご本人ではなくその奥さんが相談に見えたわけである。
夫も子供も早々に寝てしまい家族団らんの時間がとても短い。自分だけが家庭内の時差ボケ状態。でも、自分の睡眠習慣はなかなか変えられない。自責感もつのる。睡眠習慣が似たもの夫婦になれない悲しい一例として非常に強く印象に残ったのであった。
つづく

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま かずお)
1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。
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