第128回 「起きるか眠るか」のせめぎ合い、どのように軍配が上がる?
大部分の(おそらく全ての)動物に共通する睡眠の特徴の一つに、「寝るよりも起きるのが得意」というものがある。
私たちはひどく眠くても必要があれば目覚めることができる。例えば、睡眠不足の時でも楽しみ事があればさらに夜更かしをしたり、ぐっすり眠っている時でさえ強い刺激があれば私たちはすぐさま目覚めることができる。「緊急地震速報で夜中に飛び起き、そのまま目が冴えてしまって朝まで眠れなかった」などの経験をお持ちの方もおいでだろう。
このような“寝てはいけない場面”、“起きていたい場面”で眠気に抗して覚醒する能力は自然淘汰を生き抜くための戦略として非常に重要であることは容易に想像できる。外敵(捕食動物)が近づいたり、周囲が危険な状況になったりしても寝続けているようでは生き残るのは大変だからである。そのような爆睡型の生き物の多くはすでに淘汰され、現在では“目覚めやすい生物”のみが主に残っているのではないだろうか。
実際、多くの動物は、昼行性であれ、夜行性であれ、数分から数十分単位で睡眠と覚醒を繰り返し、覚醒のたびに周囲に注意を向け、異常が無いことを確認して再び寝入る。人間は例外的に長く眠り続けるが、これは人工照明によって夜更かしとなり、就床時間が短く抑え込まれたためだと考えられている。必要睡眠時間ギリギリか、それよりも短い時間しか就床できなければ、その間は寝続けるしかない。
それが証拠に、就床時間が長くなると人間も睡眠が分断することが人工照明を使用していない狩猟採集民族やマダガスカルの農業コミュニティの住民を対象にした調査で明らかになっている(第77回「昔は良かった? 照明がなければ人は長く眠れるのか」)。彼らは日没から夜明けまで12時間前後を暗闇の中で過ごすのだが、早目に(21時頃)眠りに入った後、途中で何度も目を覚まし、健康な被験者でも中途覚醒時間が2時間以上あったという。
さて、私たちは必要に応じていつでも目覚めることができる一方、眠る方はあまり得意ではない。自然な眠気が出現するのはおおむね一日の中の特定の時間帯に限られている(第21回 「睡眠禁止ゾーン」って何?)。これは睡眠・覚醒リズムが体内時計によって支配されており、睡眠を促す脳内の神経活動や、体温やホルモンなどの生体リズムの準備が整うのが夜間帯に限られているからである。「いつでも、どこでも眠れる」と自慢をする人がいるが、それは単なる睡眠不足(睡眠負債が溜まった状態)のためで、寝不足が十分に解消すれば昼間にはなかなか眠れなくなる。
このように睡眠と覚醒は昼夜交代で出現する補完的な関係にあるが、その力関係は対等ではない。その理由について睡眠覚醒の調節機構も含めて少し詳しく解説しよう。
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