第96回 夢見る睡眠をなくしたマウスの誕生から考える

 例えば、日中に獲得した記憶を長期間保持するための神経回路(樹状突起スパインやシナプス結合と呼ばれる)は睡眠中に増加するのだが、逆にすでに構築された神経回路がレム睡眠中に整理される「刈り込み(剪定)」と呼ばれる現象も見つかっており、効率的な記憶保持にレム睡眠が大きく貢献していると考えられている。

 そもそも、人の脳にとって深いノンレム睡眠が主役で、レム睡眠が脇役という見方自体が見当違いである。確かに乳幼児期以降には深いノンレム睡眠が相対的に多いのだが、特殊な方法で測定すると胎児期は1日のほとんどを眠って過ごし、その睡眠の大部分はレム睡眠に類似した状態にあることが分かっている。脳の成長期にはシナプスの形成とともに刈り込みも大事で、その機能異常は自閉症など発達障害の原因になり得ると考える研究者もいる。こう考えると脳の発生と成長時期にはレム睡眠がむしろ看板役者なのかもしれない。

 胎児期から新生児、乳幼児期のこのような睡眠構造の変化は、生物の個体が成長するときには進化の歴史が何度も現れるという反復説「個体発生は系統発生を繰り返す」の視点からも理解しやすい。レム睡眠、ノンレム睡眠のいずれが系統発生学的に古いか諸説あるが、レム睡眠の起源が最も古く、進化するに従ってノンレム睡眠、深いノンレム睡眠が順次登場したというレム睡眠起源説がもっとも有力である。人の睡眠は、この系統発生を模すように、受精から胎児期、出生、成長、老化の過程でレム睡眠とノンレム睡眠がそれぞれの役割を果たしているのだろう。

 今回理化学研究所の研究グループが見いだした成果はレム睡眠の役割や調整法を解明する大きな一歩になることが期待される。長い自然淘汰に耐えて、現存生物でも生き残ってきたレム睡眠。いずれ科学技術の波に押されて「レムスリープレス」が誕生するのだろうか。夢があるような、ないような……。

つづく

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三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。