第96回 夢見る睡眠をなくしたマウスの誕生から考える
最近、理化学研究所のグループが「夢を見る睡眠として知られているレム睡眠が出現しないマウス」の作成に成功したというニュースが飛び込んだ。彼らは最先端の遺伝子工学を駆使し、アセチルコリンという神経伝達物質の2種類の受容体をマウスの脳内で消失させたところ、睡眠量が減るだけではなく、レム睡眠がほとんど検出不可能なレベルにまで減少するマウスの作成に成功したという。
古くからアセチルコリンを抑える作用(抗コリン作用)のある薬物はレム睡眠を、ゼロではないが大きく減らすことが知られている。実際、強い抗コリン作用をもつ抗うつ薬は、悪夢やナルコレプシーの脱力発作などレム睡眠に関連した症状の治療薬として使われている。この研究はそのメカニズムの一端を解明したクリーンヒットと言えるだろう。
以前にも紹介したことがあるが、人気女流SF作家であるナンシー・クレスが書いた『ベガーズ・イン・スペイン』というSF小説がある。ヒューゴー賞、ネビュラ賞などSF界では有名な賞を総なめにした傑作だが、この小説の舞台は近未来で、遺伝子操作の結果、睡眠を必要としないばかりか、高い知性と美しい容姿を持つ無眠人(スリープレス)が誕生したものの、徐々に周囲の嫉みや憎悪の対象になって社会的軋轢を生むことになる。
現代人は仕事が忙しいばかりではなく、やりたいことがたくさんあるのか、「快眠法」と同じかそれ以上に「眠らずに済む方法」に興味があるらしく、講演会でも短時間睡眠法の質問は必ずと言ってよいほど聴衆からいただく。今回理化学研究所が出したプレスリリースのタイトル「レム睡眠に必須な遺伝子を発見」の次に続く副題「−睡眠はどこまで削れるか−」を読んだ人の中にはショートスリーパーを飛び越えてスリープレスが夢物語でなくなると興奮した人もいるのではなかろうか。
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